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「そうね」
「じゃあ、今までは作ってたってこと?」
うん、と頷いて
「もう、姉さんでいないと、と頑張らなくていいし、千紘くんのことを弟以上に思っちゃいけない、とセーブしなくてもいいみたいだから」
そう言うと、すごく自然な笑顔を見せてくれた。
「この先も、私はきっと変らない。だから千紘くんがそれでいいなら、もう闇雲に拒まない。
でもこの先『いいな』と思える人に出会えたら、私にこだわらずに、ちゃんとそっちを向くのよ?」
「そういうときは、姉さんの顔になるんだね」
彼女は僕に向けていた顔を、正面へ向け直して言った。
「千紘くんの年から、今の私までの5年間、本当にいろいろなことがあったわ。そう思うと、あなたはまだ、いろんなことが体験できる。
私といると、そういうことを逃すんじゃないか、と思うの。きっと人生でも大事な時期なのよ」
本当は言い返したかったけど、今は何を言ってもうまく伝わらないような気がした。
「分かった。けど、今はあなたしか見えないから、これからも付き合ってくれるよね。こうやって、いろんな絢さんを見たい」
彼女はうん、とだけ、頷いてくれた。
「いこっか」
そういって、彼女は櫓の階段に向かう。
「さっき、いい写真が撮れたんだ」
駐車場への帰り道、僕はスマホで撮った写真を見せた。
木漏れ日の中を歩く、絢さんの後ろ姿だ。
「うん、いいね」
「学生の時、写真部だったんだ」
そうなんだ、という彼女に
「今度、こうやって出かけるときは、カメラ持ってくるよ。
今日、古い建物や、風景写真を撮るのもいいな、って改めて思ったから」
ふふふって笑う彼女と、自然に並んで歩いてる。
来るときは、彼女はずっと先を歩いていた。
僕の肩の辺りで、白い帽子のつばが揺れている。
それがなんか可愛くて、後ろから手を伸ばして、その丸い頭に触りたかったけど我慢した。
「さっき言ってたドラマの名前教えて? どこかで見れるかもだから、探してみる」
そう言うと、絢さんは少し考えて
「長いから、全部見るのは無理だけど、これからうちに来る?
帰りにどこかでコーヒーでも、って思ってたけど、それならうちでも飲めるし」
「いいの? 嬉しい」
駐車場から車を出して、来た道を戻る。
彼女のマンションは、ひとり暮らしにしては広い方だった。
「いい家だね」
「もう一生、住むつもりで買ったからね」
そこに座って、とブルーの素敵な色のソファを勧められた。
家具もこだわっているらしい。
正面のローボードも、右手にある仕事用のデスクも、天然木素材のおそろいだ。
「退職金をかなり注ぎ込んだわ」と、彼女は言った。
DVDを動かすと、そのパッケージを手渡してくれる。
自分はキッチンスペースに入ると、コーヒーを入れてくれるらしい。
僕に似てる、と絢さんが言っていた男性俳優は、本当にイケメンというよりは可愛い顔だちで、周りの人から見ると、僕もこういうふうなのか、と思って見てた。
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