1081人が本棚に入れています
本棚に追加
食べ終わって店を出ると、彼女が化粧室に寄る、と言ったので、僕はエレベーターホールの辺りで待っていることにした。
スマホを出して、さっきのアプリを開けてみると、あの後も続けて来ていた。
中途採用で一緒に入った、二つ下の女性からだ。
うちの社は、入社後一年ほど、あちこちの部署に入って、さまざまな業務を体験させる。
それで、本人の希望と部署の空き具合を調整して配属が決まるのだ。
彼女とは、そういう訳でしばらく一緒に行動していたので、気安い同僚の一人だった。お互い、中途採用だった、ということもある。
研修で久しぶりに会って、一緒に夕飯を食べていた。
その時、どうやら彼女は僕に何かを感じたらしい。そう言えば、別れるとき、チラリと目の色が動いたような気もする。
文面を見て、少し考える。それで思い切って通話ボタンを押した。
相手はすぐに繋がった。
最初のメッセージが「無事に帰れた?」というようなものだったので、
研修お疲れさま、無事に帰り着いたよ、と言った後、
「悪いけど、僕には大事にしたい人がいる。だから期待しないで欲しい」
相手が、それはどういう人? 会社の人?と食い下がるのにかぶせるように
「僕には彼女しか見えないんだ。だから連絡を待たれても困る」
また研修とかで会うかもしれないけど、今まで通り同僚で、と言って通話を切る。
振り返ると、絢さんがすぐ傍にいた。
彼女は、ほらね、あなたなら可愛い人がすぐに見つかるわ、みたいな顔をしてた。
ちょうどエレベーターが着いて、扉が開いたので、黙ったままふたり、そこへ乗り込む。
自然にドアの方を向いて、隣に並んだ時、僕は行動を起こした。
彼女の頭の後ろに手をあてて、その唇を唇で塞いだ。
直前の彼女の驚いた目に、心の中ではちょっとした、やってやった感。
地下の駐車場に着いて扉が開くと、僕は顔を離して彼女の肩を抱いたまま、エレベーターを降りた。
誰もいないエレベーターホールで、僕は彼女の小さな身体を抱きしめた。
「まだ、あなたしか見えてないから」
彼女はされるがままになっている。
「なんなら、この先までやって証明しようか?」
そう言うと彼女は、僕の胸のところでふふふっと笑った。
「分かった。何も言わないから」
顔を上げてそう言うと、彼女は僕の胸元に顔を寄せた。
「もっと早く、こうすれば良かった。あなたがその気になるのを待ってたら、余計にチャンスが遠のくってことに気づいてなかった。もう遠慮はしない」
さあ、帰ろう、送っていくよ、と僕は言って、彼女の手を取って車へと向かった。
それからは、ふたりでいるときは自然に手を繋いだり、腕を組んだりするようになった。
…まあ、たまにはキスくらいも。
最初のコメントを投稿しよう!