彼女の過去

1/3
前へ
/39ページ
次へ

彼女の過去

あれ? おかしいな、と思い始めたのは夕方だった。 その日、絢さんは重要なプレゼンがある、と言っていて、結果は昼頃に出る、と聞いていた。 無事に終わった? とランチの時間にメッセージを送っていたのに、一向に既読にならない。 その後も何度かメッセしたのに、読んでいる気配がない。 ちょうどその日は、定時後の時間帯に会議と懇親会があって、僕が解放されたのは夜の9時。 ホッとしてスマホを見ると、まだ既読になっていない。 それで、今度は通話ボタンを押してみたけど、彼女は出なかった。 僕は念のため、車を彼女のオフィスへと向けた。 もしかしたら、夢中になって仕事をしてるのかもしれない。 表から見ると、まだオフィスに灯りが点いている。 車を停めて、オフィスへと上がっていくと、やはりまだ中にいるようだった。 玄関扉の前まで来て、僕は足を止めた。 擦りガラスの向こうに、退社時に締めているカーテンがあり、足下に座り込んでいるらしい影が映っている。 「絢さん?」 そっと扉を開けて声を掛けると、スーツのままの彼女が、座り込んで頭を抱えていた。 「どうしたの?」 彼女は何も答えない。 打ちひしがれたようなその姿に僕も動揺して、彼女の横に座り込むと、その頭を抱き寄せた。 バッグもすぐ足下に置いたままで、オフィスに入って、そのままそこに座り込んでしまったようだ。 何かあったんだろうな、とは思ったけど、当分話はできそうになかった。 しばらくそうしていたけど、僕は「家まで送るよ」と言って、彼女を立たせた。 バッグを持ち、彼女の背中を抱いてオフィスを出て、車へと向かう。 助手席へ乗せると、彼女のマンションへと車を出した。 「明日は仕事?」 今日のために彼女は、このところ土日も休みなしで働いていたから、そう聞いてみる。 ううん、と力なく首を振って、彼女は窓の外を見ていた。 もう冷たくなってるだろうハンカチを、たまに目元に当てている。 「大丈夫?」 彼女のマンションの玄関まで送って、そう聞くと、こっちの顔を見ずにコクンと頷いた。 「じゃあ、ゆっくり休んで。何かあったら連絡してね」 そう言うと、僕は扉を閉めた。 本当は一緒にいてあげたいけど、彼女が求めないのなら、しないほうがいい、と思った。 僕だって、ひとりでいたい夜もある。そう思って、マンションを後にした。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1081人が本棚に入れています
本棚に追加