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次の日の夜、僕は仕事帰りにコンビニに寄り、軽食を買って彼女のマンションへ向かった。
マンションの窓に灯りが見えたから、留守ではないと思ったけど、チャイムを鳴らしても出てこない。
どうしようかな、と考えたけど、昨日のあの様子を思い出すと、顔を見ないと安心できないな、と思った。
それで、教えてもらっていた暗証番号を入力して鍵を開けると、中に入っていった。
「絢さん? 僕だよ」
リビングは暗く、灯りが点いていたのはベッドルームらしい。
どう見ても、昨日帰ってきたままのようで、キッチンも使った様子がないし、リビングのテーブルに、バッグがそのまま置かれている。
「絢さん?」
心配になってベッドルームを覗くと、枕元の小さい灯りが点いていて、彼女はベッドの上に寝転んでいた。
驚いたことに、昨日のスーツの上着を脱いだだけの、ブラウスとパンツ姿だった。
「大丈夫?」
そう言って枕元に寄っていくと、彼女は顔を上げた。
泣いてはいなかったけど、目は真っ赤で、僕を見ると反射的に両腕を伸ばした。
身体を寄せると、彼女は僕の首に腕を回した。
「千紘くん…」
ほっとしたのか、絢さんはまた、涙をこぼした。
「千紘くん、抱いてほしい」
僕は驚いて、少し身体を離したけど、彼女はそのまま僕に抱きついてきた。
「どうして?」
そう言うと、胸に顔をくっつけたまま、「違う自分になりたい」と言った。
この状態で、どうしたらいいのか、少し考えてしまった。
彼女は僕のワイシャツが濡れるほど、涙をこぼしている。
「気持ちは分からないでもないけど、絢さんが弱っているときに、そんなことはしたくない。
でも、傍にいるよ。大丈夫、添い寝してあげる」
そう言って抱きしめて、彼女が落ち着くのを待った。
何か食べる?って聞いたけど、首を横に振るので、取りあえず寝られるように支度をしてもらって、僕はジャケットとワイシャツを脱いでTシャツになると、ズボンのベルトだけ抜いて靴下も脱ぎ、彼女とベッドに入った。
腕を広げてやると、小さなタオルを持って、僕の腕の中に入ってきた。
「頭を撫でて、よく頑張ったって言って?
もうこれ以上、悪いことは起こらないって言ってほしい」
僕は言われたとおり、彼女を抱きしめて、頭を撫でた。
宗教者のように、求められる言葉を口にした。
その晩、僕は初めて、彼女のマンションに泊まった。
もちろん、その先はなかった。
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