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「ううん、ネットで検索していたら、結婚記念日プラン、というのがあったからここにしてみたの。
上のレストランが選べて、宿泊がセットになっていて。嘘つきだけどね」
そう言って彼女は笑った。
「絢さんて、本当にロマンチストだよね」
「そうね。いくつになっても恋愛小説も、ドラマも好きだし」
「こういう、雰囲気も大事なんでしょ?」
「だから千紘くんがいいのよ。ちゃんと雰囲気に乗ってくれる」
思わず、くすっと笑ってしまった。
「あなたが喜んでくれるなら、いくらでも乗るよ」
そう言うと、そっと顔を寄せてキスをした。
「誕生日には薔薇の花束を」
そう言って、額にキスをする。
「花束じゃなくていい。花瓶が足りないと困るから、素敵なのを一本で」
「一本じゃ寂しいから三本にする」
今度は頬にキスを。
「僕らが初めて顔を会わせた記念日は、レストランでコースを」
「一緒なら、ラーメンでもいいわ」
今度は反対の頬にキス。
「取りあえず、一緒に住みたいな」
「私のマンションに来る?」
「いいの?」
「だって、一緒に住んでみないと、合うかどうかも分からない。それで決定的に嫌になるかもしれないよ。経験者は語る」
そう言って、彼女は笑った。
僕は自分のグラスと、彼女の手にあったグラスも受け取って、テーブルに置いた。
身体の向きを代え、彼女に向き合うと両手を握った。
「プロポーズしたら、受けてくれる?」
「…多分」
少し考えて、彼女は言った。
「なぜ多分?」
「まだ、あなたにふさわしいのは自分、という自信が持てないから」
彼女は、いつもそういう言い方をする。
僕がメインで、僕のためになるかどうか、が判断基準なのだ、と。
彼女が僕をどのくらい、求めてくれてるのか、その本心はなかなか伝えてくれない。
それで、焦れて、こうやって表だって認められた関係を求めてしまう。
…自分でも、子どもっぽいと思う。
けど、どうにもならない。どうにもできない。どうしたら分かってくれる?
「でもね、前とはちょっと違ってるところもあるの」
彼女は、ちょっと黙り込んだ僕の手を、握り直して言った。
「少し前に、千紘くんに迷惑を掛けた時があったでしょう?
あの時、もし千紘くんがいなかったら、私はどうなっていたか分からない。
…落ち着いた頃に思ったの。
この先の私の人生に、こんなにも私のことを思ってくれる人に出会えるだろうかって。
…だから今夜は私から誘った。
この先をどうしようか決められてないけど、あなたに離れていかれたら嫌だから。我が儘ね」
そう言って、照れたような甘い目で見る彼女に、さっきまでのやるせなさが解けていく気がした。
「僕にこんな素敵なプレゼントをくれる人が、他にいると?」
彼女の腰を引き寄せ、顎に手を掛けて上向かせ、口づけをする。
「僕はあなたがいい」
顔を離すと、蝋燭の灯りに彼女の瞳が少し揺れているように見えた。
しばらく僕の目を見ていた彼女は、ゆっくりと両腕を僕の首に回した。
「一生を供にするなら、身体の相性だって重要でしょ?」
いたずらっぽい顔で、僕を見返した。
「そんなもの、どういうふうにだって合わせられる」
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