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可愛い人
40歳の誕生日、二人で宝飾店に足を運んで、絢さんに好きな物を選ばせてあげた。
彼女が選んだのは、僕の予算からすればかなりお手頃なネックレス。
小さい指輪の形のペンダントトップに、ピンクダイヤがついている可愛らしいものだった。
首に掛けると、王冠を上から見たような形に見えた。
「もっと高くてもいいのに」
そう言ったのに、絢さんはひと目でそれが気に入ったようで、譲らなかった。
なので、同じような色をした、ピンクダイヤの小さなピアスも一緒に買ってあげた。
その後、予約してあったフレンチレストランで、コース料理を堪能した。
デザートが出てくる前に、レストランに預けておいた花束をプレゼントした。
カラーという白い花が5本。彼女の大好きな花だ。
もし、年下の彼女だったら、そこまでしなかったかもしれない。
いつも思うけど、僕を夫にしてくれた彼女に、いろんな意味で迷う時間を作らせないために、僕はいつも最善の道を選ぶ。
「あのね、千紘くんに言わないといけないことがあるの」
その日、マンションに帰って普段着に着替えた後、彼女は向かい合うと僕の胸の中に入ってきた。
レストランで食事をしているときも、なんかありそうだな、とは思っていた。
そのまま、僕の首筋に顔を寄せると、腕を背中に回し、目線を合わせないようにしてこう言った。
「もう、赤ちゃんはあきらめようと思う」
そっちの話だったのか、と僕は思った。
「自然に任せていたら、今までと同じになる。だから、欲しかったら病院とかに頼らないとなんだ。
もうそこまでしなくてもいいかな、と。…千紘くんはどう思う?」
僕は彼女をぎゅっと抱きしめた。
「絢さんがそう言うなら、それでいい。僕はあなたがいてくれれば、それだけで」
「…ごめんね」
語尾が震えていた。
彼女はこのことで、ずっと悩んでいたんだろう。
入籍してから、一度流産していた。
そして、最初の結婚が続かなかったのは、いろんな原因はあったけど、ひとつは、子どもを授かることができなかったからだ、と聞いていた。
その時もやはり流産して、そのあとはなかなか恵まれなかった。
夫だった人の、親御さんたちからのプレッシャーに耐えられなかったのだと。
まだふたりとも若く、夫だった人は、彼女の味方になってくれなかったそうだ。
今の彼女にそういう理由はないけど、着床機能が弱いのと、年齢も結構上になって、できにくくなっている、と言われていた。
若い頃から生理不順で冷え性なので、どれもみんな不妊の原因になる、と彼女は自分を分析していた。
結婚すれば子どもは自然に授かると思っていた僕は、そんな夫婦が世の中にはいっぱいいる、ということを、彼女を通して知った。
僕は、そのまま顔を上げようとしない彼女の身体を、包み込むように抱きしめた。
40歳の誕生日、大きな決断を僕に伝えてくれた彼女と、これからもずっと、ふたりで生きていく。
そう決まった瞬間だった。
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