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その夜、仕事を終えた絢さんを、会場近くまで迎えにいって、久々に夕飯を食べに行った。
一緒に暮らし始めてからは、だいたい家で夕飯を食べているけど、彼女が大きな仕事の山を越えた日は、慰労も兼ねて外食することが多かった。
この夜は和食処で、珍しく日本酒メインだったので、電車をやめて、タクシーに乗る。
絢さんは、僕の肩に寄りかかって目を閉じている。
…今日はよっぽど疲れたんだろうな。
最近は、会議の司会進行やファシリテーターなども受けるようになっていた。
今日の仕事は、あるセミナーの進行役だ。
この一週間くらいは、原稿とにらめっこしながら結構緊張していた。
内容は必ずしも得意分野とは限らないので、彼女は事前に渡される資料に、自分でもあらゆる方法で情報収集をして、当日スムーズに運営できるよう、備えていた。
そんなプレッシャーから解放されて、ほろ酔いの彼女は、タクシーから降りると、僕の腕に捕まるようにして歩いた。
マンションのエレベーターに乗る。
僕の右手には自分の鞄、左の肩には、絢さんの重い鞄を掛けている。
絢さんは、なぜか向かいに立つと、僕の首に両腕を伸ばしてきた。
頭が引き寄せられて、唇にチュッとキスが降ってきた。
「ありがとう、いつも迎えに来てくれて」
そのとき、エレベーターのドアが開いた。
僕は荷物が落ちないように気にしながら、空いている手で彼女の背を支え、身体ごと押しながらエレベーターから降りた。
「どういたしまして」
そういうと頭を下げて、僕の方からキスをした。
先に風呂に入れて、出てきた彼女を洗面台の前に座らせて、髪を乾かしてやる。
今夜は特別だ。
アルコールが入っている彼女も、素直にされるがままになっている。
肩の下まである髪を大雑把に乾かして、ドライヤーを洗面台に置くと、そこに置いてあった木の大きなブラシでゆっくりと髪を梳く。
その後、もう一度ドライヤーの風を当ててしっかり乾かす。
「お客さん、できましたよ」
ふざけてそう言うと、絢さんは
「もう、眠いの」と、背後に立っていた僕にもたれかかってきた。
よしよし、と髪をなでて椅子から立たせると、彼女の両脇に自分の腕を通し、抱いたままペンギンのように歩き出す。
ベッドルームの灯りを薄暗くして、毛布を持ち上げ、彼女を入れる。
「お疲れさま、ゆっくり休んで」
そう言ってやると、ベッドに横になった彼女が、目を閉じたまま両腕を伸ばしてきた。
ベッドの脇に腰を下ろすと、かがみ込んで彼女の腕に巻き込まれてやった。
風呂上がりのいい匂いのする彼女の、唇にゆっくりとキスをする。
「おやすみ」
彼女は目を閉じたまま、僕の顔をもっと引き寄せた。
「ありがと、大好きよ」
耳元でそう言って腕を放すと、毛布の中に潜っていった。
目を閉じた彼女は、さっきまであんなに楽しそうだったのに、なんか疲れが出たようだった。
きっとすぐに寝付くだろう。
そう思って、静かにベッドルームを出た。
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