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2022 Christmas Eve
「終わった、今から帰るよ」
マンションにいる絢さんにメッセージを送る。
クリスマスイブの土曜日、ちょうど休日当番に当たってしまい、9時から夕方5時半まで、会社で電話番をしていた。
昨日の仕事の報告書を作ったり、来年に入ってから営業に行く先のプレゼン資料を作ったりと、急ぎでない仕事をしながら当番の時間を過ごした。
仕事鞄にノートパソコンや資料を入れると、机の引き出しから紙袋を取り出す。
あらかじめ買っておいた、絢さんへのクリスマスプレゼントだ。
駐車場に降りて、車のエンジンを掛ける。
夕べ降った雪が残る街は、空気が冷たく澄んでいる。
空気中に漂っている埃や塵を、雪が沈めてしまうのだと聞いたことがある。
今年はホワイトクリスマスになった。
絢さんは朝、窓の外を見て、「今日は出かけなくてもいいから、雪景色を堪能できるわ」と言っていた。
彼女は寒がりで冷え性なのだ。
きっと今頃は、暖かい部屋でくつろいでいるに違いない。
会社を出て20分、マンションの駐車場に着く。
照明が明るいエントランスには、1メートルくらいの白いツリーが出迎えてくれた。管理会社の粋な計らいだ。
暗証番号を押して、エレベーターに乗り込む。
3階の一番奥にある、絢さんと僕の住む部屋のドアには、赤いリボンの巻き付いたリースが一週間前から飾られている。
クリスマスが終わると、お正月飾りに取り替える。
毎年そうしながら絢さんは言ってくれる。
「もし千紘くんがいなかったら、こんなふうに生活を楽しめていなかったな。
ひとりだったらきっと、コンビニのショートケーキを食べるくらいで済ませてたと思う」
僕だってきっとそうだ。
「クリスマスに一人でも、別にどうってことないさ」と思って、ふて寝してたかもしれない。
暗証番号を押してドアを開けると、「ただいま」と奥に向かって言った。
廊下を歩いてリビングへと入る。
「お帰りなさい。お疲れさま」
振り向いてそう言う絢さんは、キッチンスペースで料理の最中だった。もう良い匂いがしている。
出会った頃よりかなり延びた髪が、今日は頭の後ろで束ねられて揺れている。
…可愛い。
僕はその様子に目を細めながら「着替えてくるね」と言った。
背中を向けたまま「は~い」と言う彼女に、持っているものを気づかれないように、そっとベッドルームへと向かった。
まだ夜と言うには早い時間帯だけど、今夜は早めの夕飯にしよう、ということになっていた。
僕は、いつもの部屋着のトレーナーではなく、濃紺のセーターに着替えた。
キッチンの絢さんも、グレーの地に赤と黒のアーガイル柄が入ったセーターを着てたから。
ベッドルームを出ていくと、リビングには洋楽のBGMが掛かっていた。
絢さんのパソコン画面に、R&Bの曲に乗って、澄ました顔のサンタクロースが踊っている。
小さなキッチンのテーブルには、赤地に緑のラインが入った布が掛けられ、真ん中には太めのグラスに入ったキャンドルが3つ。
「千紘くん、グラスを取ってね」
小柄な絢さんだと、椅子に乗らないと届かない頭上の棚に、こういう時しか出番のないフルートグラスやワイングラスが入っているのだ。
彼女は料理が乗った皿を二つ、テーブルへと運ぶ。
僕は、今日のために買っておいたスパークリングワインを冷蔵庫から出すと、それに合うグラスを取り出した。
圧力鍋を指さし、「少し置いた方が良いから、先に飲み始めよう」と言って、エプロンを外すと、キャンドルへ火を灯す。
僕は部屋の照度を下げに行く。
「美味しそう、それに可愛いね」
丸いお皿の真ん中に、クリームのようなものがツリーの形に絞り出されている。
色からするとこれは、マッシュポテトかな。
他にも、ミニトマトに小さく切ったモッツァレラチーズを挟んだカプレーゼや、サイコロに切ったカボチャのサラダなどが並んでいる。
僕はワインの栓を抜くと、2つのグラスにそっと注いだ。
絢さんと僕は、いつものように向かいあわせで椅子に座る。
「メリークリスマス…」
グラスの端をチリンと合わせて、口に運んだ。
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