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「うん、美味しいね」
「美味しい。酸味と苦みのバランスがちょうど良いね」
先週買い出しに行って、今年のクリスマスは何を飲もうか、と、デパートのお酒屋さんで聞いてみて決めたものだ。
僕はさっそく、皿の料理に箸を付ける。
「フォークじゃないけど、良いよね」
そう言って、絢さんは笑う。
「留守番さん、今日は電話来たの?」
「来たよ、やっぱり年末だからさ、今年中にやっておきたい会社もあるらしくて」
「そうなんだ。私もひとつ片付いたの。それで早めにご飯作り始めちゃった」
「良かったよ。腹ぺこだった」
昼飯は、会社に行く途中で買った弁当だった。
絢さんは、月曜締め切りの資料を作らなくちゃって言ってたから、それが終わったんだろう。
「いつからお休みになる?」
僕は、フリーランスの絢さんに聞く。
「月曜日に打ち合わせがあって、それで終わりかな。お正月がもう4日から仕事だから、千紘くんとずれちゃうね」
僕は29から、1月は8日まで休みだ。
前菜を食べ終わり、2杯目のスパークリングワインを飲み終わった後、絢さんが「はい、これ」と手に乗るくらいの包みを渡してくれる。
それで僕も、ベッドルームに置いてあったプレゼントを取りに行くと、絢さんに渡した。
「わ、格好いいな。ありがとう」
出てきたのは、革のミニ財布。カードとお札が数枚入れられて、箱形のコインケースが付いている。
外出したときの支払いは、ほとんどカードかアプリになったから、財布替えようかな、と話していたところだ。
ちゃんとリサーチされていたと言うわけだ。
「…素敵」
絢さんへのプレゼントは、カシミヤとシルクのネックウォーマーとお揃いのアームウォーマー。
ネットで検索していたとき、落ち着いたパープルグレーの色合いに一目で惹かれた。
「絢さん寒がりだから、家にいるときもそういうのあればいいかなって。マウスを持っていると、手が冷たいって言ってたでしょ?」
うん、と頷いて、さっそく付けている。
「暖かい。やっぱり首を温めるのって大事なんだね。それにとても良い色ね」
「僕もその色が気に入ったんだ。僕の気に入ったものを、絢さんに贈ることができるって良いな、と思った」
絢さんは、ひとしきりそれを付けて「汚すといけないから」と外すと、自分の仕事用机に置いていた。
そのままキッチンへ入り、圧力鍋の蓋を開ける。良い匂いが漂ってくる。
白い楕円のお皿に入ってきたのは、ビーフシチューだった。
「これも一緒にね」
斜めに切ったバケットも添えてくれる。
「クリスマスだけど、チキンじゃなくてビーフ」
そう言って、絢さんは笑ってる。
僕は、絢さんのグラスにワインを満たすと、さっそくスプーンを手にする。
「私って、やっぱり食べることが好きなんだな、と思った。何を作ろうかなってネットで探しながら、あれもこれも食べたくなって」
バケットをちぎって、シチューを付けながらそう言う。
「僕はその恩恵に預かれるんだから、幸せな夫っていうところかな」
スプーンで肉の塊をほぐしながらそう言う。
「でもね、やっぱり千紘くんが一緒に食べてくれるからなんだろうと思う。
こうやって、クリスマスを楽しめたり、食べてもらって喜ばれると嬉しいのも、千紘くんがいるからだよね」
ありがとね、と絢さんは言う。
「…もう、キスしたくなるよ」
僕は照れて、そう言ってごまかした。
絢さんはふふふって笑って、「後でね」と言ったけど、僕はテーブル越しに身を乗り出した。
目を閉じて、しばらく待つ。ふっと唇が触れた。
目を開けると、顔を見合わせて笑った。
食事のあとを片付けて、僕はコーヒーを入れる。
絢さんが、今夜見たいと言っていた少し前の映画を、パソコンからプロジェクターを通して映し出す。
二人で毛布に包まり、ソファに並んでその『34丁目の奇跡』を見た。
絢さんは感動屋だから、すぐに涙ぐむのを、僕の腕に包み込んでやる。
特別なことはそれほどない。だけど、ちょっとだけいつもと違う夜。
ふたりでいるから、なんでもない日常が楽しめる。
僕らはずっとこうやって、ふたりで生きていく。
いつもふたりで…。
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