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今夜会っていた友人が、何人かの同級生の消息を伝えてくれたらしい。
その中に、同年代の旦那さんをガンで亡くした人がいたそうだ。
「子どもさんもいるのに、その彼女ってどんなに大変な思いをしてるんだろうって話したんだけど、『結構、サバサバしてて安心した』って」
共働きだったから、遺族年金などもあって、この後の生活はそれほど困らないらしい。
高校生の子どもも、もともと高校を出たら大学に行かずに就職する予定だったようで、すでに上の子は就職先が決まっているんだとか。
「…なんて言うか、結婚生活が長くなるにつれて、子どもがいればいい、みたいになってたんだって。
家族愛はあったけど、夫婦だけでどこかに行くなんてことは、なくなってたみたいなの。
病気が分かった時はもう手遅れで、『辛い治療が終わったから、楽になれたんじゃないかな』と言ってたって」
僕の顔を見ずに話す絢さんが、次に言う言葉を、黙って待つ。
「病気のことは、本当にそうだと思うけど。
…どうしたって、自分に置き換えて考えちゃうよね」
それで帰って来てから、言葉少なだったのか。
「私は、今はもう、千紘くんのいない人生なんて考えられない。
こうやってずっと一緒にいたいし、いつまでも仲良しでいたいと思う。
だからもし、千紘くんが先に逝ってしまったら、しばらくは立ち直れそうもないよ。
その友達は子どもさんがいるから、いつまでも弱いことを言ってはいられないのかもしれないけど」
一度、言葉を切ってから、彼女は続ける。きっとベッドの中でぐるぐる考えていたんだろうな。
「知ってる?
年を取った夫婦って、女性が先に亡くなると、男性はあまり元気でいられないんだって。
でも男性が先に亡くなると、奥さんは結構元気で長生きするんだって。産む性だから強いんだっていう説もあるらしいけどね。
…夫婦って、誰よりも長く一緒にいるのに、生きているうちに心が通わなくなるのもなんか淋しいような気がするけど、ずっとお互いを想い合って生きていても、最後はどちらかが先に逝くんだよね。
どっちがいいかなんて分からないけど…、でも…」
「大丈夫、僕の方が長生きするから」
きっと彼女は、その言葉を待っているんじゃないかと思って、はっきりと言い切ってやる。
「年齢的なものじゃないよ。確かに僕は年下だけど、そんなこと関係なく、僕が最後まで絢さんの傍にいるよ。だから安心して…」
うん、と頷いて、絢さんは僕の胸に顔を埋める。
絢さんだって本当は、そんな言葉が現実になるかどうかなんて分からないってことを知っている。
「…これまでは、こんな話が出たことがなかったから、ちょっと考えちゃった。ごめんね」
少し経つとそう言って、彼女は顔を上げて僕を見た。
いつも堂々と胸を張って仕事をしている絢さんが、今夜は小さい子どもみたいに見える。
「ううん、どっちかというと嬉しかったりする」
「そうなの? なんで?」
「だって最初の頃は、僕のこと相手にしてくれなかったでしょ?」
「また、そういうことを言う」
彼女は僕の頬をつまんで、ぐにっとお仕置きをする。
「千紘くんで良かった」
その一言を僕の胸に刻み込んで、ベッドサイドの灯りを消した。
「おやすみ」
そう言ってキスをすると、僕らは眠りに落ちていった。
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