下心

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「どうして?」 「今日みたいなときに、頼ってもらえるように。  僕、カレンダーも捲りますし、電球が切れたら変えますし。何か重い物を運ぶときとか、手伝います」 「それは?」 「正直、最初にここに来たときから、下心がありました。あなたをもっと知りたくて」 彼女は黙っている。 「個人の連絡先を教えてもらえないでしょうか。携帯の番号か、アプリのアカウントか」 「…それは、仕事以外のお付き合いってことね」 僕は頷いた。これで、彼氏がいるんだけど、と言われれば引き下がるつもりだった。 「私はもう、恋人も夫もいらないんだけど」 「じゃあ、弟でいいです。それならいいでしょう?」 「どうして私なんかのことが気になるの?」 「どうしてだろう。なんか世話を焼きたくなる」 彼女は思わず、というように笑った。 「まさか、そんなふうに言われるとは思わなかった。そうなんだ。すごい変化球ね」 さっきまでちょっと強張った顔をしていた彼女が、元の穏やかな顔になった。 「じゃあ、あなたのことを顎で使ってもよい訳ね」 「その代わり、一緒に食事に行ったり、呑みに付き合って下さい。  座談会の様子を見てたら、僕も話を聞いてもらいたくなった」 彼女は少し考えて 「そうね、弟だと思えば、楽しいかも。  でも私は、あなたに予定を合わせたり、こっちから連絡するようなことはしない。  忙しいときは出入りしないで。集中して仕事したい時もあるから」 「了解です。必ず連絡してから来ます。まあ、平日は基本、夜だと思いますけど」 そう言って、アプリのアカウントを教えてもらった。 「取りあえず、近いうちに呑みに行きませんか? 僕から誘っているので奢ります」 自分でもかなり強引だと思ったけど、これを逃すと次はないかもしれない。 そう思って予定を入れてもらった。 彼女のオフィスから出た後、廊下で思わずガッツポーズしたくなった。 でも、内心、受け入れてもらえるんじゃないか、と思っていた。 なぜなら、この間の座談会、開始時間に僕は別件で出かけていて、戻ってきたときはすでに会が始まっていた。 いつものように様子を見守るために、会場に入っていったとき、僕を見た彼女の顔に、安堵感が広がったのを見ていたから。 きっと彼女も、僕が担当だったことを喜んでくれている、そう感じたから。
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