◇仁のバイト先

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◇仁のバイト先

 翌日。  仁のバイト先のカフェの前に来ていた。  カフェがある事は知っていたし、前を通った事はあるけれど、すごくオシャレすぎる外観に、入った事は無かった。  よくこんなとこでバイトする気になるな……。  入るのもちょっとためらう。  時間を確認すると、13時5分。  意を決して、扉を開いた。オシャレな音が店内に鳴り響いた。 「いらっしゃいま――――……」  振り返った仁と目が合う。仁が、ぱっと、嬉しそうに笑った。 「いらっしゃい、彰」 「……うん」  本当に嬉しそうな笑顔で。自然と、微笑み返して頷く。 「こっち、どうぞ」  仁は彰を振り返り、先を歩き出す。  白のシャツに、黒のストレートズボン。普段は着ない雰囲気の制服を、後ろからなんとなく眺める。  ……似合うなー……。 嫌と言うほど。  足が、長いのがすごく分かる、制服。 「ここ、どうぞ」  通された席は、少し奥の、窓際の2人席。大きな窓から外が見える、明るい席だった。 「オレが一番好きな席」  お冷とおしぼりを置きながら、仁が、ふ、と笑む。  見慣れない服の、何だか少し大人っぽい仁から、なんとなく、目を逸らしてしまう。 「これ、メニューね」  す、と目の前にメニューが広げられる。 「オレがこないだ食べたのは、これだけど――――…… どれも美味しいみたいだよ。とりあえず、飲み物持ってくるけど、何がいい?」 「……ホットコーヒーがいいな」 「了解。待ってて。その間にサンドイッチ決めといて?」  にこ、と笑って、仁が離れていく。  クラブハウスサンド、普通のサンドイッチ、ピザトースト、パンケーキ、オムライスやカレー、パスタ。色んなメニューがあって、どれも美味しそう。ケーキセットなんかもあるし、コーヒーも、種類が多い。  これ全部作れるようになるのは、大変そう……。  とりあえず、こないだ仁が食べてたのでいいや、と決めて、何となく、店内を見回す。  店内は結構広くて、テーブル席が10……もう少しあるかな。2人席が窓際にいくつかあって、あとはカウンターに数席、といった感じだった。  客層は、9割女子。ランチ中の若いサラリーマンが、数人。  ちょっと居辛い気もするけど、テーブル席にいる女子のグループたちとは少し離れたこの席は、確かに静かで、窓も大きくて明るいので、とても快適だった。 「彰、コーヒー、お待たせ」  仁がコーヒーを、テーブルに置いた。 「何食べるか決めた?」 「おいしいって言ってたチキンのクラブハウスサンドが食べたい」  そう言うと、分かった、と笑う仁。 「コーヒー飲んでみて?」 「ん? あ、うん」  仁がそう言って待ってるので、カップを口元に持ってく。  ――――……いい匂い。  一口、飲む。 「――――……ほんと、おいしいね」  コーヒー、すごく美味しい。  食器や内装の雰囲気もいいし。いい店だな……。 「だろ?良かった」  嬉しそうに仁が笑い、「クラブサンド、待っててね」と言って立ち去って行った。  歩いていく途中、客に呼ばれてる。  そこから離れるとまた、呼ばれて、何か話してる。  なんとなくしばらく見ていて、頬杖をついた。  ああ……昨日言ってた、なんか、すごく呼ばれてって、ああいう意味か……。  テーブル席に居るのは、高校生とか大学生っぽい女の子達。仁と話してから、きゃあきゃあ言ってる。  まあ。……モテる、よな。  ……分かる。   仁を取り巻いてる女の子たちの視線を、仁は気にも留めてないように見える。話しかけられても、営業スマイルで軽くかわしている。  ……そういうのが逆にいいのかもな。    相変わらずだ。  中高校生の時も、家に女子が押しかけてくるくらいで。  他校の生徒にまでつかまってる時もあったっけ。  背が高くて目立つし。顔が整ってるのに、冷たい感じはしない。 剣道をやってるおかげなのか、黙っていても自然と目を引く程、立ち姿勢が良い。  声も良いし、頭もいいし。 ……性格も、良いし。 優しくて。  仁の事をよく知ってて、仁に惚れない女子って居るのかな。  と、思ってしまうくらい。  もてる、よなあ。  ――――……そりゃ、そうだよな。  なんであんなにカッコよく育ったかな。  一般人でいるの、もったいないなと思ってしまうレベルな気がする。  ……これって全部、兄のひいき目かな? ……じゃないよな。   ぼーっと色々考えていたら。不意に。 「お待たせいたしました」  明るい声が聞こえてきて、目の前にクラブハウスサンドが置かれた。  てっきり仁が持ってくると思ってたので、目の前でニコニコしてる女の子を思わず見つめると。 「仁くんのお兄さんなんですか?」  言われて、少し笑って頷いた。 「仁くんがここのバイトに入ってきて、まだちょっとなんですけど」 「……?」 「仁くん目当ての女子が日々増えてます――――……というか、私も仁くん良いなと思ってて」  ふと見上げると、ふふ、と微笑む。 「仁くん、カッコ良すぎません? 女の子の対応も慣れてて、もう、そりゃモテるなーって感じです」  視線の先に、接客してる仁が居る。なんとなく一緒に視線で仁を追った。  また用もなく話しかけられて、うまく流してる雰囲気が見て取れる。 「……そうだね、昔からモテてたよ」 「やっぱり! てか、お兄さんもカッコいいし、イケメン兄弟ですね!」  ――――……可愛い子だな。屈託ない笑顔。  明るい笑顔に、ついつい、笑ってしまう。 (2021/4/20)
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