足もとに迫る[短編の書き出し800字のみ〕

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※これはある文学講習の課題にされた、 『コロナ渦中にいる人々や世の中』をテーマにした短編を念頭におき、その書き出し800字を書いて事前提出せよ との課題に答えたときの原稿です。 ーーーー 〈freedom@abcdeh.ijk 酷いハナシ聞いた。嫁がコロナ軽症の長女を舅に預けて、舅がコロナ罹患して死亡。長女は無事。なぜ簡単な未来予想もできない? 身勝手な馬鹿嫁に殺された爺さん哀れ。 2080件のリツィート 1050件の引用リツィート 1.5万件のいいね〉  何気なく開いたツイッターのトップにそんな記事が踊っていた。記事には私のフォロワーがリツィートした形跡もある。それで私も便乗して、 〉ほんとヒドい。呆れる嫁!  なんて感情任せのリプライを送った。  別に心からそのお爺さんを哀れんだ訳ではない。夕べ夫と喧嘩して気持ちがむしゃくしゃしていて、どこかにはけ口が欲しかったのだ。見ず知らずの他人を貶めることで少しだけ胸がスッとする。  結婚して二年。三〇歳を手前に子供はまだないが、コロナ渦中に妊娠するよりは良い。勤めていたパートは不景気で切られてしまったが、夫にそれなりの稼ぎがあるからこうしてのんびり家にいられる。  田舎は罹患者が少ないし、家は持ち家。私の暮らす世界では、報道に騒がれるほどの困り事はないというのが正直な感想だ。  子供がいないから部屋はすぐに片付く。ひと通りの家事を終え、コーヒーを片手にテレビをつけると、ふいにスマホが鳴った。近所に住む叔母からの電話だった。 ちょうど良かった、夫が会社で貰ってきた花を生ける花瓶が欲しかったのだ。叔母は素敵なのを幾つか持っていたから、どれか借りればいい。  のんきにスマホをタップすると、スピーカーから切羽詰まった叔母の声が上がった。 「実はね大変なことになっちゃったの。悠くんが、コロナに罹って! あっちじゃ大変だから、悠くんだけうちに呼ぶことにしたわ。美玖ちゃんは元気だからって」 「え?」  一瞬、思考が追いつかない。  悠くんとは叔母の長男で、五年前から東京に住んでいる。お嫁さんの美玖ちゃんは、先月初めての子を妊娠したばかりだ。 〈ここまで〉
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