蛾女1

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蛾女1

「そこ気を付けて、死んでるから」 「きゃっ!」 反射的に足をどかす。明かりを照り返すコンビニの床に、まるまる肥え太った蛾の死骸が転がっていた。もう少しで踏んでしまう所だったと肝を冷やす。 初めて案内された時、思わず声を上げてしまった。 先導する店長はすっかり慣れっこなのか気にもとめず、私の大袈裟なリアクションに苦笑いする。 「うちで働くなら早く慣れてもらわないと困るよ、日常茶飯事だから」 「ここ……蛾の死骸が多いですね」 「まあねえ。夜通しやってるコンビニなんてでっかい誘蛾灯みたいなものだからね、都会の虫にとっちゃ天国かもしれない。安西さんは虫苦手?」 「ええと……得意じゃありませんね少なくとも」 引き攣りがちな愛想笑いで濁す。虫が得意な若い女の子っているのだろうか?いや、偏見はよくない。世の中広いんだからきっといる、たまたま私があてはまらないだけで。 「大丈夫大丈夫、噛まないから」 「はあ……」 笑い飛ばす店長に歯切れ悪く相槌を打ち、陳列棚にぎっしり商品が並ぶ、不自然に明るい店内を見回す。 私が深夜シフトで入ったコンビニは、都会のど真ん中にあるにもかかわらず、何故か異様に虫の死骸が多かった。特に多いのは蛾の死骸だ、みんな何故かこの店に集まってくる。そして死ぬ。 虫への生理的嫌悪と恐怖を克服するのにしばらくかかったけど、じきに慣れた。 虫は毎日死んでいる、毎日見ていれば嫌でも慣れる。箒でせっせと掃き集め、ちりとりで捨てなきゃいけないのは辟易したけど、毎日やってれば感覚が麻痺してくる。 コンビニの深夜シフトを選んだのは時給がいいから、それだけ。他にさしたる理由はない。 若い女の子が深夜勤なんて危ないよって友達に脅かされたけど、どうでもいい。私はおカネが欲しい、生きていくのにおカネは大事。日々の食費に電気代水道代ガス代、アパートの家賃だって払わなきゃ。貧乏暇なしだ。
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