開き直る

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開き直る

「信じると思う? 俺が そんなデタラメな話 信じると思うか? バカバカしい じいさん 本当は 空き巣じゃないの? たまたま空き家に 空き巣に入って 誰も帰って来ないから そのまま住み着いてるんだろ? 正直に言えよ 今さらもう警察に突き出したりしねぇよ だいたい 盗られて困るようなものもないしさ だけど 灯油代とか電気代とか どうしてるのさ? あんた多少は金 持ってるの?」 ジジイは立ち上がり 冷蔵庫を開けたり 冷凍庫を開けたりしながら 言った 「夕食のおかず 塩鮭でいいか? ああ だけど せっかく克彦が帰って来たんだからスーパーに買い物に行ってくるか 何か食べたいものあるか? そうだ 克彦 イクラの醤油漬け 好きだったな シジミの味噌汁とな よし ちょっくら買い物してくるわ それとも お前も いっしょに行くか?」 俺は もう 半分は開き直って 「スーパーまで歩いて行くのか?」 と聞いた ジジイは イヒヒッ と薄笑いを浮かべ 頭を掻きながら 「ワシは車の免許 持ってないからなぁ 克彦がここに住むんなら中古の軽自動車でも買った方が便利かもなぁ 今日はタクシーで行って来よう 寒いし 道も滑るし 歩きはキツイでのぅ」 と言う 「タクシーでスーパー往復か 贅沢なジジイだ ま いいよ 好きにしてくれ 俺は久々に家に帰って来たんだ 自分の部屋がどうなってるか気になるし 家で留守番してるよ」 と言った ジジイは  とっくに契約解除したはずの 固定電話で タクシーを呼び 出かけて行ったので 俺はすぐ 隣の沢田さんの家に行って 玄関のチャイムを押した 沢田さんのおばちゃんが出てきたので 「俺の家に見知らぬ爺さんが住んでるんだけど気づいてましたか?」 と尋ねた おばちゃんは 「あら 佐藤さんとこの克彦ちゃんでしょ? ずいぶんと久しぶりねえ 佐藤さんの家は奥さんが亡くなってからは ずーっと空き家じゃないの? 誰も見かけたことないわよ」 と言った 俺は 軽く挨拶して家に戻った 自分が高校まで使っていた 2階の部屋に行ってみた あの頃と 少しも変ってなかった 勉強机も 本棚も ベッドも 当時のままだった 埃さえ たまっていなくて まるで 朝 高校に行って 夕方 戻って来たかのようで 不自然なくらい 何もかもが 当時のままだった 俺は 少し薄気味悪くなった 玄関ドアが開き ジジイが戻って来たらしい 「克彦 あと1時間位で 夕食にしていいか? まだ お腹空いてないか?」 と ジジイが階段の下から 俺に呼びかけた 「お腹空いてるから 1時間後に夕食でいいよ それまで自分の部屋にいるから」 と 俺が答えると 「部屋 寒いだろ 廊下にあるポータブルの灯油ストーブに灯油入れてあるぞ 部屋に持ってって あったかくしろよ 風邪ひいたら困るからな」 と ジジイは言った 「わかったよ じいちゃん ありがとう」 俺は もはや 完全に開き直り 誰だか知らない そのジジイと 少しの間 仲良く暮らしてみることにした
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