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呼ぶ声
祖父は若かりし頃、海軍に所属していた。戦争の体験を語ることはほとんどなかったが、一つだけ奇妙な話をしてくれたことがある。
*
終戦間際の春、祖父は物資の輸送任務のため、船で南方へ向かっていた。幸運にも荒天や敵船に遭遇することもなく、順調な航海が続いていた。
その日、非番だった祖父は、Aという同僚と一緒に甲板に寝転がっていた。Aとは同郷で歳も近く、船上では最も気の許せる間柄だった。
心地よい陽気にまどろんでいた折、急に下から突き上げるような衝撃が祖父を襲った。敵の潜水艦から発射された魚雷が、至近距離で爆発したのだ。身体が一メートルは浮き上がり、あっと思った時には甲板に叩きつけられていた。
激しく揺れる船体にしがみ付きながら、祖父はAの無事を確かめようとした。が、
(あっ!)
Aは死んでいた。ひと目で分かったのは、首が無かったからだ。衝撃で跳ね飛んだ鉄板が、ギロチンさながらに切断してしまったのである。首は海に落ちたのか、どこにも見当たらなかった。
警報が鳴り響く中、祖父は無我夢中でAの身体を抱え、船内に逃げ込んだ。
危険水域を脱したのは、すっかり陽が落ちた後だった。Aの水葬は明朝行うことになり、遺体は船底にある倉庫に収められた。祖父は最も近しかったということで、寝ずの番を言い渡された。
裸電球が灯る狭い空間で、祖父は遺体が入った木箱と向き合った。思い出が次々とよみがえり、制服の袖を噛んで涙を流した。
やがて、夜も更けた頃、
こおん。
こおん。
奇妙な音が聞こえてきた。
祖父は立ち上がり、音の出所を探った。船底に手を当てると、音がするたび微かな振動が伝わってきた。外側から何かが当たっているようだ。大きな鱶かと思ったが、生き物が立てる音にしてはあまりに規則的すぎるように思えた。
祖父は船底に耳を付けた。
こおん。
こおん。
こおん――。
そこからしばらく、記憶がない。
「おい、何をしている!」
我に返ったのは、上官の大声が聞こえたときだ。
状況を理解して、祖父は激しく混乱した。
甲板から落ちんばかりに身を乗り出し、真っ暗な海に手を伸ばしていたのだ。
その指の先に、黒くて丸いものが浮き沈みしていた。微かな月明かりを反射して、ぬらぬらと光っていた。
(Aの首だ!)
祖父は悟った。船底で音を鳴らしていたのは、これだ――。
上官は祖父の身体を甲板に引き上げると、海に向かって叫んだ。
「帰れ! 貴様は死んだのだ!」
黒い影は、波間に沈んで消えた。
何も言わず、上官は倉庫を施錠し、今宵の出来事を固く口止めした。祖父はそっと自分の部屋に戻り、耳を塞いで夜明けを待った。
日の出と共に、Aの亡骸は国旗にくるまれ、水葬に付された。敬礼で送る間もなく沈んだ。何事もなかったかのように穏やかな水面を見て、早く陸に上がりたいと祖父は強く思ったという。
*
祖父の遺品を整理していると、押入からたくさんの写真が出てきた。無造作に紙箱に放り込まれており、どれもひどく黄ばんでいる。青年から老人まで、いろいろな時代の祖父がいた。
そのなかで、海辺で撮られたと思しき一枚。
水面が映っている部分に、黒く丸い影があった。
私には、人の頭のように見えた。
祖父が気づいていたかは分からない。
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