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 話し終えた頃には全身がぐったりと疲れ切っていた。 (言葉にするとは、追体験をするということなんだな……)  はあ、とため息をつく。改めて、奇妙な夢を見たものだ。 目が覚めた時、今が現実なのかそれとも夢の続きにいるのか、そもそも何が夢で何が現実なのかわからずに混乱した。心臓がバクバクと鳴り、額に滲んだ汗が気持ち悪くて仕方なかった。 「……まあ、確かに夢見は悪かった。このところ寝不足も続いていたしな。気にしたところで仕方ない」  所詮、夢に過ぎないのだから。 子供の方に目をやると、彼(もしくは彼女)はカウンターから持ってきた丸椅子に腰を掛け、片膝を抱いた状態で目を伏せていた。 襟足がかかる首筋は折れそうにか細い。本当に、どこもかしこも細い上に薄い体つきの子供だ。きちんと食事をとっているのだろうかと、場違いなことを考える。 「……」 子供は何も喋らない。あんまりひっそりとしているもので、実は眠っているのではないかと疑念が頭をよぎった。 (まあこんな夜中だしな……眠くても仕方ない、子供なら尚更だ)  そうは思えども、面白くないのも事実だ。人の悪夢を話させておきながら自分はあっさり夢の中というのもどういう了見だろうか。  溜息をつく。昨日今日と夢の中と、何度溜息をついたかわからない。早く支払いを済ませて帰ろうと立ち上がった。子供の適切な処置に救われたことだけは間違いないのだ。 「ほら、君、誰か大人の人を呼んでくれないか。それとこんな所じゃなく、きちんと布団で寝なさい……」  小言を口にしながら、膝を抱く子供の腕を軽くたたき、その感触にぎょっとした。細い薄いどころか、触れただけでも感じ取れる軽さ。華奢なんてレベルではないと思わず真顔になる。およそ人の体とは思えない、精巧に作られた人形に触れたような――陶器のような。 思わず確かめるように再び手を伸ばしかけたところで、子供がぽつりと呟いた。 「……夢下し」 「は」 「夢下しを出すよ」  物静かを通り越して、まるで独り言のようだった。何事か考え込んでいるらしい。 「逃げ切ったのは正解だ、感情のままに怒りをぶつけたのも大正解だ。そうでなければここにもたどり着かなかった」  立ち上がり、カウンターへと向かう頼りなげな後ろ姿を、わけもわからず目で追う。 「そしてここに来なければ、貴方は夢から出られない」  無数にある薬棚の引き戸の一つを迷うことなく開ける。細い指先が取り出したのは、柔らかな色合いの茶色い石だった。 「……?」  その色に既視感を感じて眉を顰める。どこかで見たことのある色だ。どこで。 「無意識に、気にかけていることがある」 静かな呟きにはっととする。いつの間にか水を入れたコップに差し出す子供に見つめられていた。 「そうすると隙ができるから、妙なものが寄ってくることもある」  コップを受け取り、掌の上の石――夢下しをじっと見つめる。 「大抵は何事もないけど、ごくたまに深くまで引きずられる人がいるんだ、……貴方みたいに」 茶色の石、この色を、確かにどこかで目にしたことがある。どこだろう。 子供の言葉は囁き声に近く、どこか遠くに聞こえる。さざ波のようだとぼんやり思う。 「引きずり込まれたら戻るのにとても時間がかかる。戻れない場合もある。貴方は寸でのところで逃げ切った。けれど本当にあと少しというところだったから、あちらも諦めきれなかったみたいだ。未練がましく頭に張り付いている」  ほら、と促されて石を口に含んだ。甘くもなく、苦くもない。ただほんのりと暖かかった。 (頭に張り付いている……?)  何を言っているのだろうと、首を傾げる。後頭部に手をやるも、触れるものは自分の髪の毛くらいだ。怪訝な思いのまま、こくりと石を飲み下した。 「気にかけている程度で済んでよかった。気に病んでしまうともっと厄介なことになってしまうから」 「あ、」  ぼたり、と何か重いものが床に落ちるような音を耳にしたと思った。何事かと確かめるより早く、猛烈な眠気に襲われた。視界が急速に曇っていく。 「うん、剥がれた。あとは目を覚ませばいい。大丈夫だよ。これも貴方の夢だから」  この子供は何を言っているのだろう。高くもなく低くもなく、平坦に柔らかい声が、寄せては返すさざ波が、次第に遠のいていく。 「ああ、それと、一応。心配してくれたようだから言っておく。私は貴方よりも年上だよ」  何を馬鹿なことを言っている。そう思ったところで、意識は闇に包まれた。
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