フェニクス・パラドクス

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フェニクス・パラドクス

 鳥たちの会合に姿を現した不死鳥は、紅玉石のように燃える瞳で一同を睨めつけた。 「王の帰還だというのに、出迎えもなしとは無礼であるぞ」  場は凍りついた。不死鳥が一同の前に姿を見せたのは、実に二十年ぶりのことである。不死鳥は百年に一度火山で身体を焼き、その灰の中から甦る。復活した身体が十全となった今日、不死鳥は自らの城へと舞い戻ってきたのだった。 「誰だ、わしの玉座に尻を乗せているのは」  言われて、老いた梟は総毛だった。玉座が空だというのは体裁が悪いので、鳥たちは最も長生きで知恵のある梟を代理の王としていたのだった。梟は慌てて玉座から降り、うやうやしく不死鳥に答えた。 「王よ、無礼をお許しください。貴方様がお留守の間、不肖ながらこのわたくしめが代理を務めさせていただきました。至らぬところもございましたが、今日まで責務を果たしてまいりました。ご覧ください、同胞もこのように増えましてございます」 「黙れ、老いぼれ」  不死鳥は梟の首を刎ねると、その死骸を蹴り飛ばした。 「王とは無二の存在。代わりなど存在せぬ。貴様ごときが王の真似事など、不快極まりないわ」  鳥たちは震え上がった。若い鷹と隼が怒りにまかせて躍りかったが、不死鳥はこれらをたやすく引き裂いた。 「愚か者が増えただけのようだ。どれ、いくぶんか間引こう」  そして不死鳥は血の気の多い雄を皆殺しにし、美しい雌をことごとく犯した。気が治まった不死鳥は、震える一同に向けて言い放った。 「さあ、何をしている。すぐに祝賀の準備をせよ」  鳥たちは泣く泣く、不死鳥の帰還を祝う宴をもよおした。不死鳥は上機嫌で肉を食らい、酒をあおった。そしていくつかの命が余興に散った。  そんな中、一羽の雀がおもむろに玉座に歩み寄った。 「王さま、王さま。少しお話いただけませんか?」 「なんだ、小僧。身のほどを弁えよ。このわしを誰だと思うておる」  不死鳥は鋭い爪を振り上げた。雀は平身低頭し、 「どうかお許しを。僕はあなたにどうしてもお訊ねしたいことがあるのです。僕は子守唄にあなたのお話を聴いて育ってきました。この国をまとめ上げたあらましには、もう眠気も吹き飛んでしまうくらい興奮いたしました」 「ほうほう」 「そんな中で、僕の中にひとつの疑問が湧き起ってきたのです。その疑問は僕の心にしがみ付いて、近ごろは夜も眠れないありさまです。どうかこの哀れな雀に、慈悲をたまわりたく存じます」 「ずいぶんと口の回る小僧だの」  不死鳥は雀に興味を持ち、振り上げた爪を収めた。 「面白い。よかろう、申してみよ」 「ありがとうございます。まず確認させていただきたいのですが、あなたはどのようなことがあっても死なないのですよね?」 「訊くまでもないこと。何者もわしを傷つけることはできぬ。何者もわしを殺すことはできぬ。貴様らのように死に怯えながら、みじめに暮らすこともない。終わらぬ生を歩むわしは、永遠の具現者なのだ」 「分かりました。それではもうひとつ。あなたが火山で身体を焼くことには、一体どういった意味合いがあるのでしょうか?」 「そう、これこそがわしを永遠たらしめる聖なる儀式よ。炎をもって古き身を浄め、灰となる。その灰の中より新たな身体を得て甦る。万物を滅する炎すら、わしを存在させるための手段にすぎんのだ」 「なるほどなるほど。ふうむ……」 「小僧、合点がいかぬという顔だな」 「ええ、あなたは今、『甦る』という言葉を使われましたね? そこが引っかかるのです」 「何が引っかかると言うのだ?」 「『甦る』とは、『死んでいる状態から生きている状態に戻る』という意味でしょう。そうなると、あなたは灰であるときは死んでいるということになりませんか? 死なないあなたが生き返るとは一体どういうことなのでしょう?」 「ふむ、考えてもみなんだわ」 「いかがでしょうか」 「小僧、残念だが貴様の指摘は的外れだ。揚げ足取りにすぎぬ」 「と、申しますと」 「たしかにわしは『甦る』という言葉を使った。しかしそれは、わしの状態を表すのに最も適当だと思う言葉を使っただけのこと。よいか、言葉には限界がある。万物を完璧に表現しきれるものではない。そして言葉が妥当であろうがなかろうが、わしが死ぬことはないという事実は覆らぬ。どうだ」 「なるほど。それでは、一体どういった言葉を使えばよろしいのでしょうか?」 「それは……」  不死鳥は返答に詰まった。雀は一歩、不死鳥に歩み寄った。 「たしかに、あなたの状態は『甦る』という言葉で表現するのが最も近い。。あなたを過不足なく表し切る言葉ではありません。僕は古今東西あらゆる辞書をひっくり返し、あなたを表現するのにぴったりの言葉を探してみました。しかし奇妙なことに、そんな言葉は一語も見つからなかったのです。どの国のどんな言葉にも存在しないのです。なぜでしょうか?」 「……」 「です。言葉は万能ではない、その通りです。しかし世界に掃いて捨てるほどある。なぜか? それはに他ならない。裏を返せば、言葉は。つまり結論として、あなたという状態はなのです」 「な、何を言うか、無礼者!」 「お聴きなさい。そもそも古い身体を焼いて浄めるとはどういうことなのですか? 『古くなる』ということは『朽ちている』、あるいは『劣化している』ということです。それは『老い』ではないのですか? 『老い』は『死』への過程である。死なないあなたが何故老いるのです? 根本的な問題に触れましょうか。『生きるものは必ず死ぬ』。これが自然の摂理です。では? 摂理より外れた崇高な存在、永遠の具現者なのでしょうか。そうではない。。何ともおかしなことです。あなたは死ぬことはないが甦る、死に至らず生き続ける、しかし死への過程はたどっている。では生き物でなければ死者か? いやいやあなたは死ぬことがない。いつまで経っても堂々めぐり……ああ、僕は頭が変になりそうだ!」 「う、うるさい! 詭弁だ、屁理屈だ! 何を言おうとも、わしは現実に存在しておる!」 「?」  雀は不死鳥の周りを飛び回りながら叫んだ。 「この愚かな雀に教えてください。生き物でもなければ死者でもない、?」 「お、おのれ、生かしておけぬ!」  不死鳥は雀を捕らえると、目を覆うようなやり方でなぶり殺した。それだけでは飽きたらず、周りの鳥たちを捕まえては片っ端から引き裂いていった。鳥たちは悲鳴を上げて逃げ惑い、先を争って城を飛び出していった。  日が陰るころ、不死鳥は我に返った。辺りは血の海と化し、生きているものは何一つなかった。不死鳥は頭を抱えてうずくまった。雀の言葉が消えなかった。? 大きな楔を突き刺さされているかのように、不死鳥の心はみしみしと軋んだ。いくら考えても、いくら悩んでも、不死鳥はその答えを見つけ出すことができなかった。  そしてとうとう、不死鳥は狂ってしまった。死なない鳥はぎゃあぎゃあと叫びながら火山の中に飛び込み、灰の中から甦っては延々と火山に飛び込み続けた。
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