俺の値段

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俺の値段

「こんにちわぁ~。サエちゃん、久しぶりねぇ~」  しまった…。  うららかな土曜日の昼下がりをぶち抜くあの甲高い声は、サエコさんのご友人「美智子さん」だ。  かの上沼恵美子さんよろしくたいそうおしゃべりで、お母様が仲人業を営んでいる絡みもあり、落としドコロの年齢になる俺は在宅していると決まってリビングに拘束されるハメになる。  来るの知ってたら出掛けてたのに…。  とりあえず部屋で知らんぷりを決め込もうと、慌ててヘッドフォンを引っ張り出すが時は既に遅かった。部屋に入ってきたサエコさんが小さく「ごめん」のジェスチャーをしながらリビングを指差す。  俺はヘッドフォンを静かに置くと諦めてリビングに向かった。 「こんにちわ。ども」 「まぁまぁ!久しぶりねぇ〜!元気そうじゃない?あれからどお?その、お仕事とか……?」 「はぁ。ぼちぼちです……」 怪しい大坂商人みたいなセリフでお茶を濁そうとする俺。 見兼ねたサエコさんが助け船を出す。 「みっちゃん、気持ちはありがたいけど……この子はいいのよ。うちも色々助かってるんだし」 美智子さんはじれったそうに続ける。 「サエちゃんは良くてもダメよ!サエちゃんが死んだ後、一生独りで淋しい思いさせる気なの?イトちゃんだっているんだから…。ね?見てみるだけでも。今年最後の出物なの。ね?」 「はぁ」 ……今年最後の出物。在庫処分大セールといったところだろうか。ついにそんな札付き棚に、横並びに陳列させられる俺。  仰々しい台紙にはめ込まれた振り袖の写真がひとつと、L判くらいの写真がひとつ。それぞれに女性が写っている。 「仕事なんて会社に入っちゃえばとりあえず会社員って肩書きができるから大丈夫。先方さんだってもうお若くないから贅沢はいわないと思うのよ?こっちの(かた)はバツイチだけど、看護婦さんだから収入は安定してるわね。家事得意ですーっていったら、結構気に入って貰えるんじゃないかしら…」 ……なんだか詐欺の計画みたいで気まずい。写真の女性がまた、なんとも薄幸そうな女性なのだ。すごく頑張り屋さんにみえる。  俺が断ったら、替わりにどんなプータローをお膳立てさせられてしまうのか、とても心配になる。いや、俺が心配してる場合じゃないんだけど……。  とりあえずいつもの「もったいないです」を繰り出して丁重にお断りする。  美智子さんはため息をついて写真をバッグにしまいながら云った。 「子供だってね、歳をとってからだと育てるのも大変よ?うるさいと思うかもしれないけど、早く自立しないとサエちゃんだって大変なんだから…」  美智子さんは俺はもとより、友人のサエコさんの将来を危惧しているのだ。とてもいい人だからこそ、この人の言葉は俺の一番痛いトコロに刺さる。  サエコさんがケーキにしない?と話題を替える。  俺は「ゆっくりしていってください」といって席を立つと、その足で逃げるように外に出た。  行く宛もない街の中、モヤモヤしながらの足取りは重い。背中を丸くして歩いていたら、通りすがりの女子高生達が追い越し様にキャハハと笑う。  当然俺の事ではないだろうけど。  自分の背中に赤文字のでっかい値引札が貼られているような気がして、俺の 背中は更に丸くなった。  俺は今、一体いくらなんだろう。
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