熱を

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熱を

 風がひんやりと冷たいよく晴れた午後、マフラーを鼻まで高く巻いて外をそぞろ歩く。  近所の池に群れる水鳥達の喧騒を眺めて、一羽一羽の鳥達の性格を勝手に決めつけながらパンを投げる。  こんな時はだいたい判官贔屓(はんがんびいき)。  ガツガツと前に来るデカいヤツより、後方でもたつくチンチクリンのヤツに向かって投げるんだけど、そいつらってやっぱりポンコツ。目の前のパンを横取りされたり、頭にパンをぶつけて慌てて逃げ廻ったりして全然受け取れやしない。  その内パンも底をつき、俺はカンダタを見つめるお釈迦様の様にため息をついて、池に映る雲をぼんやりと眺めた。  水鳥の社会にさえ辟易(へきえき)として目をそらす。  俺はあのポンコツの水鳥とおんなじだ。いつも人とぶつかる事に怯えて争いの場から逃げ廻ってばかりいる。そうして生きていると、人に譲ることも多くなるから一見優しく見えるらしいけど、実際は面倒なだけだ。  大人になっても体当たりで人と付き合える人間と、それをしない俺。  圧倒的に違う、温度。  トラブルを百も承知で火中の栗を拾ったりする人を遠巻きに見る時、己の冷たさに悲しくなってくる時もある。  いつからだろう。こんなにも低い。  きっと俺は経済力や生命力の他に、心にも何かが足りないのだ。それが相手にも伝わるから、俺はこうしていつまでもひとりなんじゃないだろうか。  もっと若い頃は何も考えていなかったし、ほんの少し今よりも無駄に勇敢だったから、好きな人も嫌いな人も同じくらいいた。情熱はあればあるだけ痛いことばかりで、ほの甘い記憶がプリンのカラメルみたいに少しだけ俺を誘いこそすれ、二度と戻りたいとは思わない。  だけど。  常温の冷めた毎日は穏やかで淋しい。 好きも、嫌いも、歓びも、怒りも、みんな同じくらいの体温だ。 俺が、戻りたくないはずの昔話をやたら記憶に残そうと思うのはきっと、その『熱』を忘れたくないからだ。  熱を。  俺はきっと今、熱を探している。  その冷たい胸を空にひらいて、俺のずっと奥にある湿気たローソクに火をつける誰かを待っている。  心臓を射抜かれた水鳥が、螺旋(らせん)を描いて墜ちるような   この肉を焦がす弾丸に、焼き付く胸が震えるような そんな、何かを。
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