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さよならスーパー
サエコさんちの近所には足を延ばせる範囲にスーパーが7軒ほどある。
その内もっとも近いスーパーは、品揃えが比較的マンネリ化していて商品管理もやや甘い為、俺はあまり好きではない。
特にそこの店長クラスとおぼしきオッサン店員。こいつがまたエラくケチくさい奴なのだ。
夕方過ぎ、惣菜や弁当が安くなる時間になると、そのお偉いさんが直々にラベルシールの台車をひいて、値引きシールを貼りに現れる。
気配を察した主婦たちがじわじわと距離を詰めると、あろうことかそいつはシール貼りを辞めてバックヤードに消えるのだ。
はあ?馬鹿にしやがって……。そっちがその気ならこっちだって、買ってやるかよ!という意固地な気分にさせられたりもする。駅近の某スーパーなら、店員の方から客の籠をみて『それも貼りましょうか?』と聞いてくれたりするもんだから、その差は侮れまい。
しかし、だ。
そのスーパーには、他にない大きなメリットがあった。
あのケチ臭いオッサンの下で働くパートの店員さん達が、とてもよく出来た人たちだったのだ。
レジの手際も愛想も、とてもよかった。一緒に連れて行くイトにもよく声をかけてくれていて、パートさんがほぼ全員地域の子供達を把握していたから、サエコさんも安心して買い物ができるの、とよく言っていたものだ。
暇そうにしている小学生のイトに声をかけて品出しを手伝わせてくれたこともあった。高校生になったらアルバイトにおいで、と誘われた時のイトの嬉しそうな顔ったらなかったな。
だから、イトはあのスーパーが大好きだったし、サエコさんもつられて通っていたのだ。
だがしかし。
かなり近接した場所に大型スーパーが出来てから、様子は少しづつ変わっていった。
店内は少し小綺麗になり、若い店員が増えた。
それに伴って、今まで子供達を見守っていた熟練のパートさん達がひとり、またひとりと消えた。
若い店員達は、客と目を合わせない子が多く、何度行っても顔を覚える様子もなかった。そして数ヶ月でみなレジから消えた。
しばらくするとセルフレジも導入されて、僅かに残った熟練のパートさんも、明らかにシフトが減っていった。
セルフレジは、会計を間違える事こそなかったが、イトにそっと目配せしてくじ引き券のスタンプを2つ余計に押してくれることもない。
客と話をする店員は殆どいなくなり、相変わらず値下げを渋るオッサンだけが負の遺産のように残された。
今は周知の主婦から見放されて独り、値引きシールを貼り続けている。
そしてそのスーパーは、大きなコンビニのようになって、ついにはイトにさえも見限られた。毎月楽しみにしていたくじ引きも、もう殆ど行くこともない。
あのスーパーにはもう、イトの欲しいものは無いのだろう。
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