Scene.7

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Scene.7

 とにかく行けるところまで――ベロの言葉に従って、僕はインターチェンジへとハンドルを切り、そこから高速道路に入った。間もなく日没だというのに、道は恐ろしいくらいに空いていた。時折思い出したかのように現れる車を追い越しながら、僕は自分の生きている世界から、人間が一人ずつ消えていくのを感じていた。世界の果ては容易く行けるような場所ではなく、容易く行っていいような場所でもない。そこを目指すようなものは、日常という空間から徐々に締め出されていくのだ。女の子。ラブホテル。象と飼育係。いくつも経由地点は、山道に結んだリボンのように鮮やかだ。けれど、もう戻ることはできない。目印は僕以外の誰にも知覚されることなく、厚みを失った闇のなかに浮かび続けるのだ。 「ねえ、ベロ」 「なに?」 「世界の果てに着いたら、君はどうするんだい?」 「さあね」ベロは肩をすくめた。 「わたしは世界の果てまで行かなきゃいけない。だから辿り着いたら終わりよ。そこから先はないわ」 「ふむ」 「あなたはどうするの?」 「僕はどうしたらいいと思う?」 「そうね、それならあなたは、その先へ行ってみたら?」 「世界の果ての、その先?」 「果てだからって、終わりだとは限らないでしょ」 「そのとおりだ。きみも一緒に来るかい?」 「ふふ、行けたらね」  それは行かないときの返事だ。そう言おうとしたとき、僕は不意に口をつぐんだ。一瞬だが、ベロの気配が傍から消えたのだ。視界の隅に映っているが、そこにいなかった。うまく言葉が継げず、僕はハンドルを握る手に力を込め、マセラティを走らせ続けた。いくつかのドライブインを通り過ぎ、ベロがマルボロを6本灰にするころ、給油ランプが点灯した。 「そろそろ燃料がなくなるよ」 「もうちょっと。もうすぐよ」ベロはフィルターを強く噛みながら言う。そして、突然前方を指差した。 「あそこよ、左に寄って停めて」  僕はハンドルを切って車線を変更した。そして速度を落とし、ゆるやかに停車した。そこは本線上に設けられたバスの停留所だった。標識と雨よけと三人掛けのベンチがある簡素なものだ。バスを待つ人の姿はない。僕とベロはマセラティを降りて、バス停に近づいた。標識は今にも折れてしまいそうなほどに錆びついていた。停留所の名前も判別できない。時刻表も剥がされており、使われなくなってかなりの年月が経っているものと思われた。雨よけにくくりつけられたライトだけが、死期の迫った蝶のように弱々しく震えている。 「ここが世界の果てかな」  僕はベロに言った。 「そうよ。ここが世界の果て。ハイオク60リッターで行ける世界の果て」  ベロは答えた。声が震えていた。 「シベリアからウラジオストクに行くよりも、ずっと近かったね」 「でも、ずいぶんと遠くまで来たわ」  僕たちはベンチに座った。僕が右に、ベロが左に座ると、二人の間に微妙な距離が空いた。その距離は、途絶えた車の流れがもたらした静けさで満ちた。陽が落ちていった。空は見る見るうちに闇に染まり、残り日に染まっていた稜線も明るさを失い、山々は夜に黒く浮かんだ。  不意に、ベロの身体が傾いて僕のほうに倒れてきた。両腿で受け止める。そのまま、彼女は小さな寝息を立て始めた。やわらかな重みが腿を痺れさせる。どこかから、ねじを巻くような鳥の声が聴こえた。僕はベロが目覚めるまでこのままでいようと思った。世界の果ての、その先に行くために。
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