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それもまた、人生なり
社会人になって四年ぐらいたった二十二歳の冬。今日、私の母親が外に男を作って自分の旦那を置いて出て行った。
出て行くとき、母は私にこう言った。
「相手の奥さんにバレた。もうここにはいられない。お父さんにはお婆ちゃんの家に行ったってことにしといて」
正直、何を言ってるのだろうこの人はと思った。娘である私に嘘をつけというのだ。勿論私は嘘はつけないと断った。
「じゃ、もう良い」
母親はそう言って荷物をまとめて出て行った。いった直後は少し寂しくて泣いたさ。だけどその寂しさは母に対するわけわからない嫌悪感によってかき消された。
父が仕事から帰ってきたときに母が出て行ったことを伝えると父は平気な顔してそうと一言言って見せた。それが娘に対する強がりなのか娘から見た父と母の仲の良さ、愛情みたいなものは元から無かったからなのかはわからない。
どっちにしろ、今となっては確認しようがない。
もしもあの時、ああ言っていたら。もしもあの時、こう行動していたらなどと考えることがあるだろう。私も今がそうだ。この結果が不満かといわれればそうじゃない。かといって満足なのかと聞かれるとそうじゃない気もしてくる。そんなことを考えながら眠りにつこうとしていると急に目の前が明るくなった。目も開けられないほどの光に包まれ、光が落ち着き目を開けると今まで自分の家で寝ているはずが何もない真っ白な世界に来ていた。
「何処、ここ」
訳がわからずにそう呟くとあたりを見渡す。すると自分の後ろに見覚えのある人物が立っていた。
「違うあなたの人生、見てみたくない?」
「何言ってんの、てか、あなた誰?」
その人物が私に私が誰かわからないんだね。そう、じゃ、教えてあげる。私はあなた。あなたの三十年後の世界からやってきたとまた訳のわからないことをいってきた。
「なるほど。だから何処かで見たことがあると思った。そんで、その三十年後の私が何しに現れたん?」
「だから、あなたに違う未来を見せてあげようと思ってきたの。今あなたは、自分のお母さんが出て行ってあの時こうしとけば良かったって思ってない?」
私は黙って頷く。
「それを私が叶えてあげようと思ってきたのよ。あなたを過去に連れて行くために。過去に戻ってお母さんの未来とあなたの未来がどう変わるのか確かめてくると良いわ」
私と名乗る人物はそう言うとまた目も開けられないほどの光を放ち気配を消した。やっと目を開けられたときはまたさっきまでと違うところに私はいた。
私の目の前には出て行ったはずの母がいて何かを私に話しかけている。
「ねえ、陽菜、お母さんの話聞いてるの?」
「え、ああ、ごめん聞いてなかった。なんの話し?」
母はもう陽菜ったらと言って笑うとお母さんね、好きな人が出来たみたいなのと話した。
この会話は何処かで聞いたことがあった。それを聞かされた私はこの後に確かそうなんだと否定も肯定もしなかった気がする。人に反対されるような恋をしていると目の前が見えにくくなるものだ。だから私はあえてそう答えた。母の言葉に否定をしなかった。
じゃあもし今、過去に戻っていて違う言葉を私が口にしたとしたら?
何かが変わるのだろうか。
「好きな人が出来たみたいって、それ、実の娘に言う言葉?」
私の言葉に母は少し焦ったのかそうね、その通りね。でもお母さん、陽菜には話しておきたかったのと続けた。
「そうなんだ。だけど私はお母さんが望むようなことはいわないから」
「えっと、そうね」
母は私の言葉にそう言ってその後は黙ってしまった。それから数日がたち、母は前に言っていた好きな人と夜に散歩に行くと言って密会するようになった。前はその行動を見て見ぬふりをしていたが今回はそれをしなかった。
「ねえ、お母さん。あの人と付き合ってるの?」
「付き合い始めたわよ」
母は隠す様子もなくそう答えてくる。
「付き合うのは勝手だけどさ、順番がちがくない。お父さんと別れるなり話し合うなりしてからでしょ、本当なら」
私の言葉に母は怒ったのか、じゃあ出てけば良いのと聞いてきた。
「出てけとは言ってないよ。ただ、大人としての行動を取って欲しいだけ」
「うるさいわね。黙りなさい」
大声で怒鳴るように言ってきた。昔から母は自分の気に入らないことがあると気性が荒くなる。そして威圧的な態度を取り家の空気を悪くする。だから私は幼い頃から人の機嫌を取るのが上手くなり、人の空気を読むことも上手くなった。
「そうやって大声を出せば良いって問題でも無いよ。少し落ち着いて話をしようよ」
「本当にあんたって子はうるさい子ね」
興奮したままの母はそう言ってくる。とりあえずこのままじゃ話しも出来ないと思って黙った。
数日後、いつものように夜の散歩と称して母は密会に出かけていった。私が帰ってきたら話をしようと考えていると母は慌てた様子で家に帰ってきた。
「どうしたん?」
「相手の奥さんにバレたからもうここにはいられないの。悪いけど陽菜。お父さんにはお婆ちゃんの家に行ったって言っておいて」
またか。そう思った。私が話をしても何も変わらない。
「嘘はつけない。ちゃんとお母さんは外に男作って出て行ったって報告する」
結局何も変えることの出来なかった自分に苛立ちを覚えながらそう言うと母はそれでもいいと言って荷物をまとめて出て行った。
何だ、せっかく過去に戻ったのに何にも変わらなかったじゃないか。人の人生と自分の人生、どう行動しても簡単には変えることは出来ないって事なのか。私は苛立ちを覚えながらも心の中では母に対する嫌悪感は軽くなるのを感じていた。
そう、これが私の人生。
これが母の人生。
それもまた、人生なり。
ー終わりー
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