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小野宮 誠十(おのみや まこと) 伊勢 哉汰(いせ なりた) 「伊勢くん…あのね、」 告られ番長伊勢哉汰。今日も健在である。高身長のスポーツマンで顔が良い。おまけに頭も良いときた。全男達の公式ライバルだ。そして非常に残念なことに、彼はノリが良い。関西からの転入生で面白いイイ奴なのである。男達に言わせてみれば、「どうしても嫌いになれない!くそう!」とのことだ。 「ごめんな。そういうわけやから」 茶色がかった髪の毛をツインテールにした可愛らしい子の告白を柔らかく断って、伊勢は教室に戻った。これまで一度だって受けたことは無い。相手の子がどれだけ可愛くてもだ。そして断る時の言葉は決まって「俺、好きな人おるから」。友人達は断るための口実だと思っているが、それは紛れもない事実だ。ずっとずっと大好きな初恋の相手が1人、いるのだ。 小野宮誠十。生粋の遊び人。見た目のままにクールで利発。無口。そのくせ、言い寄って来た子とは片っ端から付き合うような正真正銘の男子の敵である。しかし彼の最も厄介なところは、毎回本気で好きになって付き合っているということだ。熱しやすく冷めやすい極端なパターンである。そんな男にゾッコンなのだから、全く困ったものだ。一応幼馴染みではあるのだが。 「はぁ〜なんで好きになってもうてんかな…」普段からポジティブシンキングの伊勢でも、こればっかりはネガティブ思考に成らざるを得ないのだった。 「伊勢。俺今日彼女と帰るから」 「ああ、レナちゃんやっけ?」 「いやあいつとは別れた。なんか…友達の悪口言ってて萎えた」 「え〜そうなん。今度は誰?どんな子?」 「マコト。俺と同じ名前。運命みたいだろ」 『別に?マコトなんてようおる名前ですけど?』なんて思うのを押し殺して、結局相槌を打つしかない。隣に立つ資格はあっても、ズカズカと部屋に上がる資格はあっても、肩を組む資格はあっても、好きだと、伝える権利は無い。嫉妬する権利すら自分には無いのだと、諦めてしまうほか無い。無いのだ。 「伊勢くん…あのさ、」 丸眼鏡の奥の瞳が綺麗だと思った。前髪の長い背の小さい子だった。 「ええよ」 「へ?!」 「付き合お」 そう答えたのは、廊下を二人で、笑いながら歩く姿が見えてしまったからかもしれない。幸せそうやんかと、もうやめにしようと、思ったのだ。 伊勢哉汰が告白を受けた。 噂は広がる。広がる。そりゃああんな廊下の端っこで、誰も聞いていないわけがない。 「お前彼女できたんだな」 「おお」 「ずっと好きって言ってたの、その子?」 「……ちゃうよ」 「そうか」 それ以上何も訊いて来ないことは少し残念だったが、心の中で『なんやねん』なんて軽く突っ込んで、考えるのをやめた。もうやめたのだ。余計なことは、考えなくていいのだ。 難しい。意味が分からない。好きな人がいるから、誰とも付き合わなかった幼馴染みが好きじゃない人と付き合いだした。分からない。いや、そんなことは気が変わった程度で片付けられるのだ。そうじゃない。本当に意味が分からないのは自分だ。なんでこんな気持ち悪いのか分からない。彼女と歩いているというのに、心ここにあらずである。 「マコトくーん?大丈夫?」 大好きな彼女の声が、遠くで聞こえた気がした。 「まこ、どしたん?休むとか珍しいやん。風邪?」 「……知恵熱」 「なんやそれ!難しいこと考えとったん?」 「分からないこと」 「なになに?どんなこと?俺も考えたるわ」 「…いらねぇ」 「いらねぇ…あぁ、そう。なんや連れへんな。まーええわ。俺そろそろ帰るし。じゃあなお大事に」 また突っ込んだ。心の中で。『なんやねん』。小野宮との距離が、遠のいている気さえした。完全にさっき、拒絶されたのだ。驚きが先に来て上手く落ち込めなかったが、言葉を理解し始めた今やっと悲しくなってきた。ズーンとした重い石が乗っかっているみたいだ。 一週間。一週間必要だった。結論を出して熱が下がるまで一週間。やっとちゃんと、分かった気がした。 「伊勢!伊勢!」 「何ー?お、まこやん。元気なったんやな」 「モリモリだ。なぁおい伊勢。分かったんだよ。分かんねぇことが。分かった」 いやに緊張する。なんだこの緊張は。また分からないことが出てきた。 一番、だと思う。気づいたことを、一番に伊勢に伝えに来たんだと。そう思う。それがもう嬉しかった。他はどうでもいい。 「俺は嫌だって思った。伊勢に彼女できたって言われて、最初はビックリしただけだと思ってたけど、なんかヤだと思った。だからそれがなんでかずっと考えてた。これは多分、俺が答えを見つけなきゃ駄目だろうと思ったからお前にも言わなかった。伊勢。分かった。 俺、飽き性の俺が、お前には飽きたことない」 顔に熱が溜まるのが自分でも分かる。勘違いすんな。必死で自分に言い聞かせた。コイツのこの感情は、友達にも起こり得るもので、そういう意味じゃなくて…無駄だった。だって嬉しくなってしまったのだから。 「だから自分勝手で悪ぃけど別れさせる。お前と彼女。俺がヤだから」 「おいおま…それ、むちゃくちゃやぞ……。時間かかり過ぎやろ一週間とか。ほんま、今更やわ」 別れるつもりは無いという意思表示だと受け取った。遅い。もう少し早ければ、お前は別れてくれたんだろうか。 「もう振られてもた」 思いがけない言葉。振られた?天下の伊勢哉汰が?告られ番長がか? 「付き合うとっても、彼女のこと見えてへんやろって言われたわ」 サラリと笑った笑顔が良い。そういえばこいつイケメンの類だ。この顔は、小野宮の前でよくやる顔。誰にも見せたくない。多分自分は、幼馴染みとしての独占欲が強いのだろう。なんて考える。これは申し訳ない。友人の恋愛事情まで制限してしまいそうで、冷や汗が出た。
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