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鳩辺 弥虎(はとべ みとら) 早村 潤晴(はやむら じゅんせい) 毎年2,3年生が選ぶ、抱きたい1年ランキング。多くの女子を抑えて堂々の1位。鳩辺弥虎。女子よりも男子にモテるであろうその容姿は、一言で表すと可愛い。そう、とてつもなく可愛いのだ。彼のニックネームはネコ。名付け親は彼の恋人である早村潤晴だ。由来は、弥虎という漢字はネコと読むことができることと、虎はネコ科だから。まあ多くの人はタチネコのネコだと思っている。しかしこう見えてこの男、バリタチである。本当の由来は、ネコ被り。か弱い男の子を演じる、ドS野郎。命名、潤晴。 「ネコ!おい、ネコ!何してんだよ弁当食う約束だろー」 「あ、ごめんなさい潤晴くん!俺職員室行かなきゃいけなくて…先行っててください!」 「職員室ぅ?何すんの」 「課題出しに行くので。先行っててください、先輩」 「…おう、りょーかい。屋上な」 早村潤晴。通称野蛮人。理由は、純粋で可愛い弥虎に手を出して、挙句そそのかしてまんまと付き合いやがった危険で野蛮な男だから。男子だけでなく女子からの反感も強い。口調はやや乱暴気味で勉強もまるで駄目だが根はいい奴。なかなかに慕われている。ただし弥虎と付き合っている以上無論ネコである。 「ごめんなさい潤晴くん!お待たせしました」 「ネ、コ!ネコっ!」 「潤晴くん?大丈夫ですか?」 「馬鹿てめぇっ、の、せいだろっ」 「元気そうですね!」 「…めろ、止めっ、ろ」 「えー。ちゃんと入ってます〜?」 「あ、ぐ、愚問だクソ!」 「あはは怖い怖い怒らないでくださいよ。ほら、お弁当食べましょ!待っててくれたんでしょ?」 「…結果的にな」 「もーなんで睨むんですか?機嫌直してくださいって!お弁当の苺あげるますからさ!」 「まじ?!」 「はい!もし入ってたらあげますよ?俺今日は入れてないけど」 「じゃあ絶対無いだろなんだよコノヤロー」 「しょうがないですよ。そもそも旬じゃないし」 もう一度言おう。鳩辺弥虎。ドSバリタチ野郎である。頑張れ早村。実際、この男に付き合っていられるのも早村ぐらいのものなのだ。 「みとら…久しぶりじゃん」 高校からの帰り道。その日は丁度テスト週間で、鳩辺と早村は二人で帰っていた。軽口なんかをたたきながら。 「どうも」 明らかに鳩辺の機嫌が悪くなった。こういう時は何も言わない方がいいということは経験からくる知恵である。 「なにその言い方そっけない!ちゃんとお友達に紹介してよ!元カノで〜す」 「元カノ…?」 何も言わない、何も言わない、と。思っていたのだ。しかし微かな復唱は、口からポロッとこぼれ出た。 「気にしなくていいですよ、潤晴くん。俺この子のこと嫌いだから。行きましょ」 鳩辺は早村の手を引いてズンズン歩き出す。 「はぁ!?イミ分かんない!何?次の恋人はその人ってわけ?どうせまたアソビなんでしょ?アタシにしたみたいに、さんざんヤって飽きたら捨てんでしょ!」 金色ストレートにおろした髪。ピンク色の長い爪。その子の印象はそれだけだった。でも言葉だけは引っかかって離れない。また、遊び。飽きたら、捨てる…? 「違うしバカっ!そもそも、恋人じゃない。変なこと言わないで。行きましょ、潤晴くん」 恋人であることを否定されたのは大したショックではない。早村はゲイだが鳩辺はそうではないのだ。男である自分を恋人と呼ぶことに、抵抗があるのは仕方ない。ただ、気になってしまうのは… 遊び。遊び。遊びか。さんざんヤって飽きたら捨てる。俺は、捨てられる。 最近気づいたことがある。男早村潤晴。鳩辺のことが大好きだ。どうしようもなく、だ。どうしようもなく、だ。だからこそ、きちんと考えて決めた。何度も同じところをグルグル考えたが、結局答えは同じになった。捨てられるくらいなら… 激しく後悔した。慌ててしまって、恋仲であることを否定してしまったことを。鳩辺は激しく後悔している。現在進行形で。 遊びだったのは事実なのだ。可愛いフリしてたら男に告られて、悪い人じゃなさそうだし面白そうだから付き合い始めた。多少の乱暴も男なら頑丈だろうと思ってヤりたい放題した。嫌われても支障ないだろうと思って、どんどん自分を解放していった。いつの間にか歯止めは、効かなくなっていた。知らない間にのめり込んで離れられなくなっていた。だって初めてなのだ。こんなにも自分を見てくれた人は。こんなにも自分を認めてくれた人は。 「ネコ!」 下校時刻。1年と2年だ。クラスどころか校舎が違う。上手いことタイミングが合わなくて、結局こんな時間になってしまった。 「潤晴…くん?」 「ネコ。俺もう決めたんで。絶対に決心は揺るがねぇから」 「…何のこと、ですか?」 「昨日の話だよ。ネコ。俺お前に捨てられるつもり無ぇから。だって好きなんだもんよ。当たり前だろ。どうしても俺に飽きるっつーんならな、 何回でも惚れさせてやるよ」 ぶわぁっ。なんということだ。体が震えてきた。顔が熱い。自分の彼氏は、いつからこんなにイケメンになったんだ。 「潤晴くん。来て」 鳩辺に連れられる。今の言葉に対しては反応無しかよ。と思ったが、この男の自分勝手にはもう慣れたのだ。今更どうってこと無い。伝えられたのだから良しとしよう。 生徒玄関を出て、校門を出て、そこに、金色の髪とピンクの爪の女の子が立っていた。 「ムリヤリ呼び出して、何?アタシ忙しーんですけど」 「野中」 「何よ」 「来てくれてありがとう。そんでごめんね。昨日嘘ついたから。訂正したくて。こいつ、この男。この人、早村潤晴。 俺の恋人だから。 捨てるどころか、捨てられるんじゃないかってビクビクしてるぐらいだから!俺、本気だから」 「………あっそ。わざわざアタシ呼びつけてのろけないでよ。帰るわ。お幸せに」 クルンと背を向けて帰って行く女の子。今度、顔が爆発しそうになっているのは早村の方だった。いや、鳩辺だって負けていない。二人仲良くゆでダコになって立っていた。
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