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『ひゅう』という音と共に、冷たい風が通り過ぎていく。
「私は何度かノックをしながら、中へ向かって声をかけました。『すみません、少しばかり雨宿りをさせていただけないでしょうか。すみません』。そうそう、呼鈴のようなものは見当たらなかったので、ノックを。ドアは木製のものでした」
そう言うと、彼はその時のことを再現するように目の前のドアをノックする真似をして見せた。
次第に、まるで現実にそこにドアがあるように、そして彼自身本当に雨宿りをさせてもらおうとしているように見えてくる。
彼には、その時の光景が今目の前に広がっているようだった。
「しかし、何度声をかけても、強くドアを叩いても返事がありません。雨脚はどんどん強くなっていきます。私はすがるような思いで、ドアノブに手をかけました。すると」
彼は実際にドアノブをまわす動きをする。
男には、『カチャ』という音が聴こえたような気がした。
「開いたのです。つまり、鍵がかかっていなかったのです。もちろん勝手に入るのは良いことではありません。しかし、身体は寒さで震え始めていましたし、雨はバケツをひっくり返したようにザァー!と降ってきます。泥棒に入るわけではないので、話せばわかってもらえるだろうと、私は声をかけながらゆっくりと中へ入ることにしました。ドアノブをまわし引くと、ドアが『ギィ』と鳴ります。『すみません、お邪魔します。雨宿りだけさせていただきたいのです。すみませーん』」
彼はドアを開け、家の中へ入る素振りをすると、そこで立ち止まり奥を見つめる。
「廊下の奥の部屋は明かりがついているようです。……そう、こじんまりとした印象だったのですが、中へ入ってみると思いの外奥行きがあったように思えます。一向に返事が返ってこないので、私は思い切って奥へ行ってしまおうと、玄関で靴を脱ごうとしました。先程の足跡はやはり玄関で途切れています。それで、私はやはり奥に誰かいるはずだと考えました」
「……しかし、そうではなかった」
「ええ」と彼は頷く。
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