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「……そこまでです」
「なに?」
男は思いもよらぬ回答に、面食らったように声を出す。
「そこまでだと?なんだそれは。結局どうなったのだ。足跡はなんだったのだ。それでは答えが何もないではないか」
「ですから、初めに『私はわからないのです』と申し上げたはずです。それに、あなたは何故必ず答えが貰えると思うのですか」
「何を言っている。そもそもあんたから話し始めたのを俺が聞いてやってるのだ。答えを求めて何が悪い。それにどんな情報も、結局我々は結論を求めているのだ。何かが起きた、ではその結果どんな犠牲が出たのか、悪いのは誰なのか、この先我々は何をしなければいけないのか」
「では、仮にここで私が何か答えを言ったら、あなたはそれを信じますか?それが答えになりますか?」
「一体なんなんだ。あんただって、その話をして私から答えを聞きたかったのではないのか」
「それは、違います。私は考えたかったのです」
「それと――」と彼は繋げた。
「そこまで、というのは、私の記憶がそこまでだという意味です」
「なんだって?」
「いえ、正確には私の持っている記憶は、今お話ししたことで全てです」
「あんたいったい……」
「ところで、先程からそれ溶けているようですが、大丈夫ですか?」
男はそう言われて、自分の手元を見ると、先程彼から受け取ったものが掌の上でどろどろに溶けていた。
「それと……これは本当は最初から聞きたかったのですが、それ、本当にチーズなんですか?」
男はその言葉の意味をすぐに理解できず、少しの間をおいた後、手元から視線を上げた。
「……なんだって?」
「いえ、あなたがそれを受け取ってすぐに『チーズ』と言ったので、私もそう言いましたが。ただ、どうにも私にはそれがチーズだとは思えないのです。しかし、私が正しいとも言い切れない。なので、何故あなたがそれを『チーズ』と思ったのかを考えていました」
「何を言っている……」
「あなたは自分が信じているものが正しいと言い切れますか?あなた自身だって、あなたが思っているようなものではないかもしれない」
「おい!あんた何を言っている!」
「では、あなたは自分が何者かわかりますか?」
「当たり前だ!俺はあんたの様に訳の分からない奴ではない!私はどこにでもいる普通の男だ――」
「では」と言い、彼は男の後方下に目を向ける。
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