0人が本棚に入れています
本棚に追加
「なぜ、こんなところにいるのですか?」
「こんなところ……?」
「ええ、だって、ここ崖ですよ?」
男は彼の視線につられるように自分の足元を見ると、そこは切り立った崖の端だった。一歩でもそちらに行けば、遥か下へと真っ逆さまに落ちて行ってしまうギリギリの場所。男は自分がそこに立っていることに、初めて気づいた。
『ひゅう』という音を立てて、風が二人を過ぎていく。
「……え?」
「どこにでもいる普通の男が、こんなところにいる理由は何なのですか?」
男は何も答えられずに、ただ茫然と立ち尽くした。
私は、私は何者だ?
そう言えば、何も思い出せない。
何故こんなところにいる?
体が震えてくる。恐ろしい。何が?だめだ。まさか私も記憶が――?
いや、待て。何か思い出せそうだ。
そうだ。私は初めからここに来たくて来たわけではない。
よかった。覚えていることがあった。
そうだった。私は、あの足跡を辿って、それで――
最初のコメントを投稿しよう!