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俺は、樺山支店の裏の行員通用口のインターホンを押しながら、急にあることが閃いた。
---おもしろキャラなら、九条さんの警戒心も薄れるかな?
九条さんが俺のことを忘れているという前提ではあるが、俺という部下ができることを、彼女はどう思っているのだろうか。
年上の異性の部下ができるのなんて、彼女にとっては初めての経験だろう。
警戒しているのは間違いない。
何しろ、彼女は今年の春に管理職になったばかりだ。
係長という肩書きのヒラの時にも、係長の肩書きが付かないオッサン行員が周りにいたかもしれないが、所詮ヒラ同士。
人事考課や仕事の尻拭いやらで、部下行員のキャリアを左右する権限と責任を持つのは、管理職になった役席からだ。
半年前に役席になったばかりで、しかも今回の異動で、係のシマのトップを一人で任されることになった九条さん。
そんな不安で一杯なところに、年上の昇進できなくてギラついた男が部下になってやってきて、年下の異性の上司に向かって何かと楯突いたりしたら…。
---俺が九条さんの立場なら、泣くな。
間違いなく毎夜枕を濡らすはずだ。
であれば、俺のやるべきことは自ずと決まってくる。
自身の最短での昇進に向けて頑張るのは当たり前として、昇進に向けた“ギラついた野心”を隠し、彼女の不安を少しでも取り除いてやるだけだ。
---こんなところで、福山雅治のモノマネが活かされることになろうとはな。
彼女が以前、『ラ・フェフスタ』のインタビューの時に好きだと言っていたのは福山雅治と西島秀俊。
学生時代、福山雅治ファンの母親に“声似てるんじゃない?”と言われたこともあって、いつか九条さんと一緒になった時のネタにしようと、福山雅治のモノマネを必死で練習してたっけ。
よし。そうしよう。
第一印象は“仕事のできる面白い人”でもいいか。
俺はそんなことを考えながら、ロック解除してもらった行員通用口のドアを開けた。
出迎えにきた若い行員の案内で営業フロアに向かう。
薄暗い廊下の先。
開け放たれたドアの向こうの営業フロアが眩しいく煌めいている。
---この先に九条さんがいるんだ。
そう思うと、いろんな意味で長かった道のりをようやくたどり着いたという安堵感と共に、これからやっと始まるという高揚感で、ふと胸が詰まった。
でも、ここで泣くわけにはいかない。
さて、第一声。
九条さんになんて声をかけようか。
やっぱりここは福山かな…。
軽くモノマネでもして…。
明るい営業フロアに出てすぐ。
俺は会いたくて会いたくて仕方なかった彼女の、働いているその後ろ姿を見つけ、自然と頬が緩んでいた。
おわり
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