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「ちなみに…なんですけど、取材対象の女子行員って、もう決まってるんですか?」
俺は気乗りしない態度のままというわけにもいかず、とりあえず会話を繋ぐため、渡辺課長に尋ねた。
「ああ、候補は人事部からも推薦があったからね。それはもう決まってる」
「そうなんですね。なんていう行員ですか?」
---多分その選ばれた女の子も、なんだかんだで桐島に喰われちゃうんだろうな…可哀想に。
そんなことを頭の片隅で考えながら、でもそんなに深く考えた訳でもなく。
本当に何の気なしに名前を尋ねた。
チャラ男界の貴公子、桐島は、そのイケメンぶりもあって、女の子に対して何をしても許されるタイプだ。
俺の知ってる子を含め、セフレなのか本命なのか分からない女の子が、周りに何人もいる。
キザなセリフも、女の子にすぐ手を出すのも、イケメンだから許される。多分俺がヤツと同じことをしたら、あっという間に社会的に抹殺されるだろう。
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「桶屋町支店の九条さんだよ」
誰かと聞かれた渡辺課長は、その候補者の名前をボソッと呟いた。
その名前を聞いた俺は、驚いて思わず課長の顔を凝視してしまう。
その俺の目力に気圧されたのか、渡辺課長は、聞かれてもいないのに、慌ててその行員のフルネームを口にした。
「九条…、九条紗織さんだよ。入行2年目の24歳…だったかな?
な、なんだ浜村、彼女のことを知ってるのか?」
その名前を聞いて体中に電流が走る。
---九条…紗織…だと?
唐突に懐かしい名前を聞き、忘れていた記憶が蘇ってきた。
そして、高校時代の、まだあどけなさの残る彼女の爽やかな笑顔と共に思い出された、甘酸っぱい感情。
---この銀行に就職してたのか…。
俺はその衝動に突き動かされるかのように、渡辺課長が手に持っていた、九条紗織に関する人事ファイルを奪おうと、無言で手を伸ばしていた。
「なんだよ浜村、やる気がない人には見せないよ」
渡辺課長は俺に奪われないようファイルを後ろ手に隠しながら、俺を嗜めた。
「やる気あります、あります。無茶苦茶漲ってます。
『ラ・フェフスタ』の桐島さんも、桶屋町支店の九条さんも両方私の知人ですから、この銀行で私が一番の適任者です!」
気づけば俺は、そう口走っていた。
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