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首から大量の血を流したアイオネルは、吠えることもなく倒れ伏した。
銀の弾丸を飲み込んだベルベットも、先程からぴくりとも動かない。
一連の事件の黒幕。人喰いの怪物はなんとか倒せたようだ。
「……はぁ。危なかった」
先生はそう言うと、足を引き摺りながら僕の元に来た。
「さぁ帰ろうか。後始末は警察にでも任せよう……と言いたいんだがね」
よっこらせと腰を下ろす先生。
その姿はもう、僕の視界は殆ど霞で覆われていた。
「悪いが私も限界なんだ。骨は十本くらい折られたし、傷も深くてすぐには治りそうにない……とてもじゃないが、君達を運ぶことが出来ない」
声も聞こえなくなってきた。
断片的に汲み取れた情報から判断するに、僕達はここから出られないのだろう。屋敷に来ていることは僕達しか知らないし、仮に誰かが異変を感じて来たとしても……その時まで生きているかどうかは分からない。
「動ける奴は手を挙げてーっと……まぁゼロだね」
先生もごろんと横になった。
腕は変な方向に曲がっているし、片目は切り裂かれて閉じている。黒いスーツはあちこちが破れ、髪には様々な血が付いて赤黒く染まっている。
ベルベットは片腕が千切れても再生したのだから、この傷でさえ時間が経てば治ってしまうのだろう。しかし傷は治っても、感じている痛みや消耗した体力までは治せない……きっと喋るだけでも苦しいのだろう。先生は気丈に振る舞いながらも、一言話す度に荒く息をついた。
「まぁ安心しろ。ちょっと休めば戻るから、それまで死ぬんじゃないよ……」
そう言って、先生の言葉は途絶えた。
僕も意識を手放してしまいたくなる。僅かに残った本能が「気絶してはいけない」と訴えているものの、これも限界が近そうだ。
あぁ。最後に皆にお別れくらいは言いたかったな。
そうだ。危ないからと置いて行ったアンジュ。彼女の店で朝食をもう一度……
僕の頭は、そこで思考を止めた。
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