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お婆ちゃんも空気が緊張しているのを感じとったのか、急に真顔になってコホンと咳払いすると、ツカツカとお母さんの元に歩み寄った。
「この度は、このような機会を設けてくださって、ありがとうございます」
お婆ちゃんはお母さんの前で頭を下げ、続いて同じようにお父さんにも頭を下げた。
そしてくるっと振り返ると、木田さんを手招きした。
木田さんはお婆ちゃんのお辞儀に合わせてソファーから立ち上がってはいたけど、そのあとどうしたらいいか分からず固まったままだった。
「正太郎!正太郎もほら!優子さんにちゃんと謝らないと…」
「いえいえ、お義母さん、今日はおめでたい席ですから、そういったことはお気になさらず…」
お母さんはお婆ちゃんの手を握りながら取りなす。
木田さんはお母さんに向かって申し訳なさそうに無言で頭を下げると、再びソファーに座った。
木田さんは脳出血の後遺症で、片足が不自由なままだ。利き手の右手も細かい作業は難しい。
一時期は声も出せなかったけど、今はなんとか喋れるようにまでは回復してる。でもまだその声は小さく、弱々しい。
私といる時でも、長く喋るとしんどそうに顔を顰めてる。
懸命のリハビリでここまで回復したけど、やっぱり昔みたいに機敏に立ったり座ったりはできないし、ましてや走ったりするのは難しいのかな。
私はそれが分かってるから、木田さんがお母さんの近くに寄らずに軽く頭を下げただけなのも、私は納得している。
お母さんの近くに行きたくても行けないし、そもそも、そんなにはっきりとはまだ喋れないんだ。
皆も分かってくれてたらいいけど。
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