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終
深夜の埠頭でふたりの男女が海を見ている。
「なんでだ」
金と黒のストライプの髪を揺らして女が問う。
「なんでわざわざ引き渡したアタシをまた助けたりしたんだ?」
癖毛の男が肩を竦めて言う。
「そりゃあ仕事だからさ」
「仕事?」
「オレさ、仕事二件受けてたんだよね。一件は逃げた娘さん探し。朝から散々鬼ごっこしたほうさ」
「もう一件は?」
「攫われた娘さん探し。君のお母さんからの依頼でね」
「ママから!?」
「ママって呼んでんだ」
「うっせえ!でもマジなのか?」
「君さ、無国籍だろ」
「なんでそれを」
「実はオレもなんだよね」
男が笑う。
「君のお母さんとオレの親、この国にきた同期なんだって」
わけあって不法入国し、そこで誰かを愛し、そうして彼らは生まれてくる。けれどもそれを役所に届け出ることはない。彼らは教育を受ける機会もなく、こんなとき警察を頼ることもできない。公的には存在しない子どもたち。
「そういうとこでちょっとしたネットワークがあってさ、相談されたってわけよ」
「そんなのあるのか…」
「君もそのうち教えてもらえるよ。で、君を連れ戻す仕事を受けたあとで別の仕事が入ってさ。それがあいつらってわけ。まさか誘拐した連中からの依頼を受けるとは思わなかったな。写真をみたときは内心頭抱えたよ。でも俺はプロだから受けた依頼はこなさなきゃ信用に関わる」
「それでか」
「そう。まずは君を捕まえて連中に引き渡す。次に連中を襲って君を奪い返す。事務所の中で決行はできないから君が移送されるタイミングを待って、実行役には変装して貰ってね」
「え、もしかしてさっき野郎どもブッ飛ばしてた水着に覆面の青髪女とポニテ赤毛同一人物なのか!?」
「そうだぞ。結構わかんないもんだろ」
「変装っつーかあれもうコスプレじゃねえか」
「ガチ戦闘を想定したとき用の仕事着らしいけど、あんまり触れないほうがいいかも」
「そ、そうだな」
「連中の事務所には姐さんの口利きで市の治安部が踏み込んでる。全員お縄で後腐れなし」
「もしかしてお前なんにもしてなくない?」
「なにそれマジ辛辣。まあ、そんなわけで面倒な手順を踏んだけどこれで全部終わり。君は自由の身だ。災難だったねえ」
「そうだな、助かったよ…ああ、あとひとつ気になってんだけど。お前どうやってアタシを追ってたんだ?やっぱ発信機とかついてたのか?」
「こういうの企業秘密だからほんとは教えないんだけど」
男の瞳が赤く輝き始める。男もまた超能力者だ。
「オレは一度見た足あとの持ち主が移動した軌跡が全部見えるのさ。まあ、それだけのショボい固有能力だよ。オレも虎ちゃんに変身するようなやつが良かったなー」
ショボい、そう言いながら笑う男の顔は、言葉とは裏腹に強い自負に満ちていた。
これはそう、ただ足あとを追うだけが能の男の話だ。
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