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追-1-
五階建ての雑居ビル、と言ってもオーナーも店子も全部関係者のダミー企業ばかりで現実には雑居もクソもないのだが、その最上階にはいわゆるその筋のひとの事務所がある。
「ちゃーす、人探しのご依頼を受けてきたモンですが」
名乗りながらドアをノックすると中からそれはもう絵に描いたようなイカツいおっさんが出てきて睨みつけられる。
オレはへらりと笑って目線を外さず頭を下げた。
短く刈り上げた癖の強い髪に浅黒い肌はこの国の人間とはやや雰囲気が異なる。靴だけはこだわりのショートブーツだが着ているものはそこら辺の若い連中に合わせたラフな格好というのがオレの見てくれだ。
おっさんは短く「入れ」とだけ言って扉を大きく開く。
言われるまま部屋に入ると、まあ一枚板のローテーブルやら座ったら沈み込みそうなソファやら分厚いガラスの灰皿やら物々しい標語の書かれた額やらとにかく見たままそういう事務所だった。
部屋の一番奥のデスクには結構若い感じの男が座っている。この部屋にはそいつを抜きにしても五人ほどいるが、半数は年上だろう。
「“星”ってモンです。人探しのご依頼って聞いたんですが」
「そうかい。私はここの社長で須田というものだ。君たちのことは親会社の役員さんから聞いてね」
つまり大きな組の傘下でそこの幹部からウチらを紹介されたって話らしい。商売繁盛有り難いこって。
「なんでも君は写真さえあれば誰でも確実に探し出してみせるんだとか?」
「まあ、いや」
安易にYesと答えてしまいたいところだけどマジで写真だけ渡されると困るんだよな。俺は少し考える素振りをしてから首を振る。
「最後に、最後じゃなくてもいいんですが、なるべく最後に本人が確認できた場所を軽く調査させて貰えれば。そうすりゃあとは写真くらいでいけますね」
「期待してるよ。ではまずこちらが探して欲しい娘の写真だ」
渡された写真にはオレに似た浅黒い肌に金と黒のストライプの髪の若い女が写っていた。少女といっていいくらいの若さだが、目力が強い。これは荒事慣れしてる目だ。
「彼女の名前はスエン。わけあって私が引き取ることになっていたのだが、ちょっと機嫌を損ねてしまったのかな、ここを逃げ出してしまってね」
「へえ、そりゃあ大変っすねえ。まあ年頃の女の子は難しいっていいますしねえ」
逃げた理由に触れるのは野暮ってもんだろう。仕事仲間にも知るべき情報は選べってよく言われるし、余計なことは聞かないに限る。
「そうだね。彼女のことが心配なんだ。なるべく早く見つけたいのだが頼めるかね」
「ハハハ、精一杯頑張りますよ。それじゃ仕事を始めますんで、最後に彼女を確認できた場所をお願いします」
手下のおっさんに案内されてきたのはビルの地下にある駐車場だった。一番奥に止めてあるボックスカーのドアがないのが遠目にもすぐわかる。外れてるっつーかこれ壊れてんな?
覗き込むと大型犬が入る程度の檻があった。成人男性でも膝を抱えれば余裕だろう。
この時点で既にだいぶきな臭いのだが、問題は肝心の檻が壊れていることだった。内側から無理やり格子を曲げたのだろうか、爆発物や器具を使った感じじゃない。腕力か脚力か知らないが相当なパワーがないとできない芸当だ。
問題のスエンちゃんが逃げるためにぶっ壊したんだろうか。
「もしかしてドアも檻もスエンちゃんが?」
「そうだ。ここに停めてる間にブチ破ったらしい」
「うへえ、マジすか」
「俺も見たわけじゃねえがな」
無理でしょ無理。俺も喧嘩が弱いってことは全然ないけどこれは無理だって。
見つけるだけなら問題じゃないが、連れ帰るとなると荒事専門の応援を呼ぶしかないな。来てくれっかな。
とにかく仕事を始めよう。車内をくまなく探せば彼女の足あともあるに違いない。
そしてそれさえ見つければ、一度見つけてしまえばオレはもう二度と“星”を見失わない。
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