2500年

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2500年

気がついたら,タイムマシンの中ではなく,狭い部屋にいた。頭上にシャワーの蛇口のようなものは,あったが,シャワーではないようだ。壁に画面が設置してあったので,調べてみた。画面には、目的地などの項目を入力するところがあり,タッチ画面になっていた。 そうか。未来は、各家にこの装置が備わっていて,画面に目的地などを入力すると,シャワーの蛇口のようなものに吸い込まれて,移動するのだ。もう駅は必要ないのだ。僕も,用事が済んだら,これで自分の時代に帰ればいいのだ。 僕は,この新しい発見には驚いたが,300年も経てば,これぐらいの進歩があってもおかしくないと納得した。 狭い部屋を出て,広い部屋に出た。広い部屋にも大きな画面があった。買い物,仕事,支払いなどのオプションが画面に出ていた。どうやら,この時代は,買い物や仕事など,日常生活のほとんどの用事をこの画面を通して、こなすようだ。手紙の翻訳の依頼も,もしかして,この画面を使ってできるのかもしれない。しかし,やり方がわからない。 この時代をある程度調べないと,自分の目的を果たすのは,困難であると判断し,外に出てみることにした。 道がわからなくならないように気をつけながら,外に出て歩き始めた。チラッと,空があるはずのところを見上げてみて,あまりのショックで立ち止まってしまい,唖然とした。空がないのだ。見上げても,見上げても,空らしきものがないのだ。あるのは,ビルの天井のような地味な色の素材で作られたものだけだった。天井には,照明の機能も備わっていて,太陽の役割を担っているようだった。 周りの建物も,画面ばかりである。画面には,様々な情報が表示されていた。 「雨 12:01から7分程度,消灯 19:02,明日8月24日水曜日の点灯は6:13から,気温25.03度」 僕は,この表示を見てまた驚いた。この時代では,太陽の光だけではなく,降水や気温など,気象のことを全て管理し,人間が快適に過ごせるように調節しているようだった。 後で調べて,わかったことだが,気温は、年中25度前後に設定されているようで,いわゆる,四季というものがない。天井を作ったのは,オゾン層の破壊が急激に進み,人類最大の危機に陥った時に,人類の滅亡を免れる対策として世界各国の同意の上で,採択され,推進されたらしい。 僕は,急に胸を締め付けられるような気持ちに襲われた。この時代の人たちは、空というものを知らないのだ。夕焼けの茜色に染まった空も,嵐が来る前の不安定な空も,ふんわりとした雲の浮かぶ晴れ渡った空も,太陽がギラギラと照りつける夏の空も,全部知らないのだ。 星や月も,知らないのだ。この時代には,暗闇の中をキラキラと瞬き,空から見守ってくれる有難い存在は,ないのだ。「今夜,月は綺麗ですね。」と恋人同士で気持ちを伝え合うこともないのだ。 四季も知らないのだ。冬の寒さも,夏の猛暑も,秋の紅葉も,春爛漫の季節も,知らないのだ。 天気や気候に左右される生活というものも,知らないのだ。朝晴れていたから,うっかり傘を忘れて,午後から天気がガラッと変わり,雨にいきなり降られるということを知らないのだ。服一枚では肌寒いからコートを着るということも,逆に暑いから服を一枚脱ぐということも,知らないのだ。 そう思うと,僕には,この時代の人が自分とは,まるで違う生き物のように思えて来た。
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