冬舞う蛍がいるならば。(「あなた一人を」原案)

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 警報を無視して遊んだ梅雨の公園も、見つからなかった蛍探しの夏休みも。  今はもう遠く山向こうに沈んで、後ろから追いかけてきた不毛な冬に居場所を奪われた。  艶やかな花は枯れ、木は葉を落とし、そして蛍はその光は散らされて。  何でもあるような、何もない世界がまた始まる。 「世界って、何重にも重なった水槽みたいですね」  線路脇に供えられた花を見下ろして、彼女は小さく溢した。 「学校なんて小さな水槽。その水槽を破った先には広い世界が幾つもあるのに」  それでも小さな世界に耐えきれず、9月1日に何人もの学生が自分を殺す。  「バカらしいですね」と泣きそうな顔で彼女は笑う。 「確かにそうだ。でも君は、そんな話をするために僕を呼んだのか?」  冬荒れの今日。僕たちは、二年の関係にそっと蓋をする。  小さな喧嘩の残した、小さな傷跡たち。その一つ一つが置いていった毒に堪えきれなかったから。僕たちはもう、一緒にいられない。 「死んだ人間のことなんて、どうでもいいじゃないか」  線路脇に手を合わせる彼女を横目に、僕は嘆息した。  電車が走り去る。レールが哭く。冷たい陽射しが嗤って、車窓の反射が僕らを幻惑する。 「好きだったんですよ」  その陽の反射の中で、彼女が泣いているように見えたのは幻影だったのだろうか。  離れてしまった僕には、もうどうでもいい。 「知ってたよ」
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