prelude

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 顔を覗かせたのは、やや上がり気味で瞳が大きい、猫みたいな目が印象的な男の子だった。整った顔だな、とうっかり見とれてしまったのも束の間。私と目が合った途端、彼はそれこそ獲物を見つけた動物みたいにカッと目を見開いた。  その威圧感に小さく悲鳴が漏れた。奏でられた音から連想した人物とは正反対もいいところ、これは今にも牙をむき出しにして飛びかかってきそうだ。  まずい。やはり盗み聞きなんてせずにさっさと帰るべきだった。後悔しながら後ろ手に鞄を掴んだ次の瞬間。  そう、そうだった。  次の瞬間、なんと彼が本物の猫みたいに、窓を飛び越えて私の前に降ってきたのだ。  もしもこれが少女漫画なら、華麗に地に降り立った彼と運命の恋に落ちる展開もあったかもしれない。だけどこれは現実だ。こちらとしては恐怖でしかない。そして飛び降りた本人は、地面から足に響く衝撃に耐えられないのか、その美しい顔を苦痛に歪めながら地面に片膝をついている。 「あ、あの、大丈夫ですか?」  再び鋭い視線が刺さる。心配しただけなのに、なんてこった。全力で危険を察知した私の心臓が倍速で仕事をし始めたのがわかった。  猛獣に遭遇した時みたいに視線を逸らさないまま後ずさる。もう少し距離をとれたら一目散に逃げ帰ろう。同じ学生にこんなことを思うのは非常に申し訳ないけれど、これ以上この人と関わってはいけないと本能が警報を出している。 「なあ、お前――」  彼の言葉を聞いてしまったら後戻りできない気がした私は、全力でその場から走って逃げた。  さすがにここまで来ればという所で振り返り、追手のないことを確認して地面にへたり込む。肩で息をしながら自分の愚かさに泣きたくなった。だってあの男の威圧感は普通じゃなかった。この学校のボスかもしれない。つまり私は、ボスを苛立たせたのだ。今後再会したらどうなるかはわからないけれど、せっかく手にした平穏な高校生活がこのままでないことはまず間違いないだろう。  それは忘れもしない、十七歳を迎えたばかりの春の日。私は歩道の真ん中で絶望に打ちひしがれたのだった。
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