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吾郎のモヤモヤ
「高木さん、これうちの野菜っす。よかったらどうぞ」
部下の斎藤が袋を差し出してきた。吾郎はそれを受け取ると、「いつもすまないな、親御さんにもなにかお礼をしないとな」と言いながら袋の中を見た。
土の匂いから伝わる、自然の恵み。目の前の男が悠々と過ごしてきた純朴な男であることは明らかだ。それにしても──。
「こんなにたくさん、いいのか?」
「あ、大丈夫っす。たくさん届いたから」
──そうっすか。
思わず心の中でそんな返事をしてしまう。部下と上司だ。先輩と後輩ではない。
しかし斎藤は社内では評判が良い。愛嬌の良さがその秘訣。こんな言葉尻一つで腹を立てていては、若者とうまくやっていけない。
「親御さん、元気か?」
「はい。二人とも仲良くて。最近は温泉に通うのが日課っすね」
「時々顔見せに帰ってるか?」
「いやー、なかなか。高木さんはいいっすね」
「ん?」
「いや、一緒に住まれてて。賑やかでしょう。お孫さんもかわいいじゃないですか」
吾郎は携帯電話を取り出すと、斎藤に良太の写真を見せて得意げに笑ってみせた。
斎藤は和也と同じくらいの年齢だ。これからを担う世代。それでいて、一番不幸な世代でもある。就職難、自然災害、世界情勢。周りに振り回されて育ってきた世代だ。
こいつもそろそろ出世をさせなければ。親を安心させるほどの収入を得られようにしなければならない。
吾郎はそう思いながら野菜を机の上に置いた。袋の中からあふれた青臭い若葉のような匂いが、吾郎の鼻にそっと舞い込んできた。
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