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良太の頭の中に風呂場の和也の言葉が思い浮かんだ。あの日、風呂場で、食事中に音を立てることを注意された日、たしかに言われた。
『おじいちゃんには内緒だぞ』
その言葉の意味はわからない。しかし、今日のやり取りを見て少しだけわかったことがある。
みんなが不機嫌になる。良太はそう思って、心に決めた。
──もう、ぜったいに言わない。
胸の中がモヤモヤするけど。
みんながなにかヒミツを隠しているようにも見えるけど。
でも、もう言わない。
言ったらダメ。
ぼくのせいで、みんなの仲がわるくなる。
ぼくにだってわかる。
そんなことくらい。
それは小学二年生には負担の大きいことだった。聞きたいのに聞けない。周りの大人が吾郎を除いて、みんなヨソヨソしい。
居心地が良いはずがなかった。
良太は「ごちそうさま」と言い残して食卓をあとにした。取り残された大人たちはそんな気持ちを知ることもなく、気まずい空気の中で食事を続けていた。
「静香、元気かしらね。楽しみね」
佐代子の言葉に、少しだけ食卓の空気が軽くなった。和也にとっては、結婚式以来、ほとんど面識がない清美の妹だ。
挨拶したときの印象から、明るく活発なイメージを持っている。
期待する両親とは裏腹に、清美は胸さわぎを覚えていた。原因はわかっている。静香の性格だ。
和也には話していない部分があった。帰省までに伝えておこうと決心した。
食卓に残された良太の茶碗には、ふりかけが混ざったご飯がひと口分、残っていた。
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