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「あの、お父さ」
「あら! そういえば、和也さん!」
言いかけた瞬間、佐代子が急に思いついたように話しかけてきた。和也は驚き、思わず口を閉じた。
「今日でちょうど一緒に住みはじめて一ヶ月ね。どう? 慣れた?」
「え? はい。それはもう、アパートに比べれば快適ですよ。広いし、お隣さんへの気遣いもしなくていいので。感謝してます」
「無理を言ってごめんなさいね」
「いやいや、約束でしたから。それに、家はやっぱり広い方がいいです」
同居は約束だった。子どもができたらと言っていたが、ズルズルと先延ばしになり、今に至る。痺れを切らした吾郎が催促をしてきたのだ。
しかし和也にとって、そこは問題ではない。それどころか、待ってくれたことに申しわけないと思っている。
吾郎と佐代子は、わざわざリフォームをして待ってくれていたのだ。吾郎は来年で定年退職だ。「最後の贅沢だ」と笑っていたのを思い出す。
「良太も、おうちが広いほうがいいよな?」
和也の問いかけに対して、良太は「うん!」と元気よく返事をした。
結局は言い出せなかった。和也の胸の中のモヤモヤは、より大きく膨らんでしまった。
しかし和也は決めていた。せめて、これだけはしておかなければならない──。
その日、風呂場にヒソヒソと話す和也の声が静かに響いた。
「良太、大事な話があるんだ」
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