夫婦のモヤモヤ

6/7
前へ
/33ページ
次へ
「え? なーに?」  深刻な面持ちの和也の表情とは裏腹に、明るい良太の声が風呂場に響く。 「あのな、良太。おまえさ、今日ご飯のとき箸に醤油つけて、チュチュチュってやったよな?」  和也の口から出た不快音だけが、風呂場に反響した。しかし良太の返事は、それよりも大きく、激しく和也の頭の中に響き渡った。 「え? ぼく、そんなことした?」 「なんだと……」   ──時すでに遅し。  手遅れだと和也は思った。良太の発言からわかること、それは、無意識の行動だったという事実。それが意味することは『癖』だ。  知らない間に我が子に根付いた悪しき習慣を前に、和也は思わず聞き返した。 「覚えてないのか? ほら、箸に醤油つけてさぁ」 「えー? なんのこと?」 「良太……」  和也は迷った。言うべきか、言わないべきか。  思ったことをすぐ口にすると思われがちな和也ではあるが、今までもそれなりに考えて生きてきた。  タブーと呼ばれるような、言われたら痛い一言。それは、今まで相手を傷つけてきたが、諸刃の剣となって自身をも傷つけてきた。  それでも相手のために、言わなくてはならないと信じてきた。  決して安易な気持ちで、なんでもかんでも言ってきたわけではない。  傷つくのはお互い様だ。  それがまだ幼い息子ともなれば、当然お互いの痛みは大きい──。   「いいか、良太。大事な話があるんだ」  悩んだ末、和也は茨の道を選んだ。  たとえ我が子であっても、いや、我が子であるからこそ、伝えなくてはならない。  今までも、そうやって悩みながらも伝えてきたじゃないかと、自分を奮い立たせた。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加