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「え? なーに?」
深刻な面持ちの和也の表情とは裏腹に、明るい良太の声が風呂場に響く。
「あのな、良太。おまえさ、今日ご飯のとき箸に醤油つけて、チュチュチュってやったよな?」
和也の口から出た不快音だけが、風呂場に反響した。しかし良太の返事は、それよりも大きく、激しく和也の頭の中に響き渡った。
「え? ぼく、そんなことした?」
「なんだと……」
──時すでに遅し。
手遅れだと和也は思った。良太の発言からわかること、それは、無意識の行動だったという事実。それが意味することは『癖』だ。
知らない間に我が子に根付いた悪しき習慣を前に、和也は思わず聞き返した。
「覚えてないのか? ほら、箸に醤油つけてさぁ」
「えー? なんのこと?」
「良太……」
和也は迷った。言うべきか、言わないべきか。
思ったことをすぐ口にすると思われがちな和也ではあるが、今までもそれなりに考えて生きてきた。
タブーと呼ばれるような、言われたら痛い一言。それは、今まで相手を傷つけてきたが、諸刃の剣となって自身をも傷つけてきた。
それでも相手のために、言わなくてはならないと信じてきた。
決して安易な気持ちで、なんでもかんでも言ってきたわけではない。
傷つくのはお互い様だ。
それがまだ幼い息子ともなれば、当然お互いの痛みは大きい──。
「いいか、良太。大事な話があるんだ」
悩んだ末、和也は茨の道を選んだ。
たとえ我が子であっても、いや、我が子であるからこそ、伝えなくてはならない。
今までも、そうやって悩みながらも伝えてきたじゃないかと、自分を奮い立たせた。
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