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第2話 新しい仕事は社長秘書
「有里が社長秘書!?」
「そうだ。弟よ。私は明日から秘書だ」
恐れ敬うがいい。
私はあのボスフロアで働く―――雑魚敵?
いやいやいや!!
せめて『ここまでよくたどり着いたな。この先は行かせん!』くらいのセリフが欲しいわね。
「大丈夫なのか。その会社」
「どういう意味よ!」
カカカカッと連打しながら回避行動をとり、攻撃に備える。
あぶなーい!
死ぬとこだった。
黒ひげ危機一髪と同じくらいドキドキしたわよ。今。
「回復しろよ!死ぬだろ!」
「はいはい。あー、もう。回復苦手なんだよね」
「なんでヒーラーで来たんだよ!」
「皆まで言わせるな!弟よ。新しい武器を使いたかったからだ!」
この杖、可愛いんだよね。
見た目が派手でいい。
そして、なにより攻撃力がある。
攻撃は最大の防御―――なんて素晴らしい武器。
「回復が仕事なのに回復量減らしてまで、その杖の意味あるか」
「大丈夫、殴ってるから」
「大丈夫じゃねえ!!」
「はい、終わりー」
「よし、勝ったな」
勝てばいいのだよ、勝てば。
キャラをギルドの拠点に戻してっと。
「あんたたち。こんな夜中にまたコーラ飲んで!!有里!ポテトチップスまで食べたら、豚になるよっ!」
麦茶を飲みながら、お風呂上がりの母親が茶の間に顔を出した。
そういうあなたもお風呂に入る前、テレビドラマ見ながら、食後のアイス食べていましたよね?しかもハーゲンダッツ。
私や伊吹にはスーパーのアイス安売り五本入り箱アイスから一本ずつしかくれなかったのに。
ふん。コーラはもう私したら水よ、水。
MP回復するアイテムなんだからね。
「コーラは私の血液と同じなのよ」
「有里。あんた、もう若くないんだから」
「なにをおっしゃいますか。お母様。私はまだ二十六歳でーす」
はあ、と母親はため息を吐いた。
「二十代なんてね。あっという間だよ。付き合ってる人はいないのかい」
「いないな」
「伊吹が答えるなっ」
そして、答えるの早いしな!?
「有里。早く寝ろよ。明日から社長秘書なんだろ」
「バカか!このゴールデンタイムに寝れるか!まだプレイするよ!ガンガン行こうぜ」
「バカはお前だっ!」
夜はこれからだー!いえーい!
なんて思っていたけれど、さすがの私も今日は早めに(いつもよりは)就寝したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここが沖重グループで先輩の実家が経営していた会社ね」
出向になり、沖重グループ本社にやってきたのはいいけど、うまくやっていけるか不安だった。
私だって人の子よ。
そういう繊細な面もある。
昨日、先輩からセキュリティカードをもらい、ID カードももらった。
社長室に入るにはセキュリティカードがいるらしい。
厳重な警備だねー。
ボスのフロアに行くときって、こういう認証キーをとる作業とかあるよね。
まあ、間違いなくボスがいるな。
この先には。
社長っていうボスがね!
あー、うまいこと言ったー。
沖重の社員に混じり、エレベーター前にいるとわらわらと女子社員が集まり出した。
何が始まるんだろうと見ていると、正面入り口から、さらさらの髪に爽やかな笑顔の八木沢社長が入ってきた。
特殊能力に魅了を持っているんじゃないかってくらい、キラキラオーラ全開だった。
「皆さん、おはようございます」
「社長、おはようございますっ」
「おはようございますぅ」
大名行列かってくらい女子社員が八木沢社長の周りについて回る。
「あれ?新しい秘書?美桜さんが紹介してくれた」
美桜さんとは秘書の仕事の話を持ってきた先輩の名前だった。
「は、はい。そうです」
「そうか。それじゃあ、一緒に社長室に行きますか」
ぞくっと背筋が寒くなった。
女子社員の視線が痛い。
これ、生きて帰れるの?
「それじゃあね」
ひらひらと手を振ると黄色い声が上がる。
社長からアイドルにでも転職したのかと思うほどだ。
噂通り恐ろしくモテるなぁ。
ぱたん、とエレベーターの扉が閉まると社長はため息を吐いた。
やっと静かになった。
「名前はなんていうのかな?」
「あ、はい!木村有里です!」
「そうか。有里さん、これからよろしくお願いしますね」
有里さん!?
ナチュラルに名前呼びとか。
この人、女の扱いになれてるタイプだな……。
「よろしくお願いします」
社長室フロアは静かで人の気配がない。
宮ノ入の社長室フロアと似ていた。
「秘書室は自由に使ってもらって構わないから。さっそくで悪いけど、午後から使う会議資料を揃えてもらえるかな。今日の分はたのんであるから、とりに行ってくれるだけで大丈夫だよ」
「はい!」
社長は忙しそうに社長室に入って行った。
メモ書きで何部必要かなど、書いてある。
「なるほど。営業部に行けば、いいのね」
営業一課にいくと、美人できつめな女の人達が数人、待ち構えていた。
「あなたが新しい秘書?」
「あのー。会議資料は?」
「なんて、名前?」
「会議資料ください」
「話を聞きなさいよ!」
必要なことしか話したくないんですが。
「新しい秘書の木村有里です。資料ください」
「そこにあるわよ」
バッとその場でチェックし始めると、全員、ギョッとして、こっちを見る。
「3ページと18ページが抜けています」
「知らないわよ」
「いいがかりだわ」
はっとして、時計を見た。
まさか―――私を定時で帰さないつもりか。
「すみません。会議資料のデータください」
気の弱そうな男性社員に言うと、こくこく首を縦に振った。
営業一課のパソコンにUSBを差し込んだ。
「どれですか」
「は、はい。これです」
「どーも、ありがとございましたー。これから資料はメールで秘書室に全て送ってください」
そっちのほうが、いちいち確認しなくていいから楽だわ。
「は、はい」
しまった!
効率厨とか思われたかな?
まあ、いいや。その通りだし。
営業一課から出て、秘書室に戻るとすぐにコピーした。
ホッチキスを構えて、にやりとした。
パチパチパチパチ
連続して止めていく。
ふう。完璧。
今、私は特殊能力ホッチキス高速技を使ったわ。
「有里さん。資料、明日の分まで揃えてくれたんですね」
「会議の前に確認していただこうかと思いまして」
「ありがとう」
八木沢社長は爽やかに微笑んだ。
いえいえ。
「これ、沖重グループと取引のある方の細かい情報だから、全部覚えてもらえますか?」
「はい」
ずしっとしたファイルを渡された。
開くと、一人一人の誕生日や好きなもの、嫌いなもの、趣味から家族構成、注意点がまとめられていた。
すごい情報収集力。
しかも、データの細かさ!
こんな人がギルドにいたら、マスターになってほしいくらいだわ。
この人が作る攻略データに死角なしよ。間違いない。
キラキラとした目で八木沢社長を見た。
「覚えきれないかな?」
「いいえ。薄いから大丈夫です」
「えっ!?薄い?」
「はい」
いそいそとファイルを手にめくった。
攻略本一冊分くらいしかないし。
しかも、情報量も少ないから余裕だった。
「それなら、よかった。誕生日や記念日なんかにはちょっとしたプレゼントを贈りたい方もいるから、よろしくお願いします」
「はーい」
こうして、一日目は難なく終わった。
定時に帰っていいと言われたし、なかなかいいじゃないの。秘書業務。
定時最高!!!
仕事を終え、颯爽と帰宅したのだった。
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