第4話 秘書は何者?《社長視点》

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第4話 秘書は何者?《社長視点》

新しく来た秘書の木村有里(きむらゆり)は変わっている。 そのせいか、今までの秘書のように辞める気配がない。 どうせ、新しい秘書が来たところでまたすぐに辞めるだろうと思っていた。 今までの秘書がそうだったし、弟の妻である美桜(みお)さんがどうしてもというので、まあ、これが最後と思って承諾した。 顔は可愛いが、第一印象は普通だった。 ただ仕事はできるようだった。  会議資料にミスもなく、雑務頼んでもすごいスピードで片付けて、定時には無駄口を叩くこともなく、さっさと帰る。 こっちを誘うこともない。 かといって、()びる様子もない。 珍しいタイプだった。 「職場では人間関係も仕事と割りきって友人を作らないタイプか?」 いや、そのわりに美桜さんとは仲がいいみたいだ。 ランチに行ったと、美桜さんが嬉しそうに言っていた。 「そういえば、あのファイルを渡した時も変だったな」 取引先の関係者のデータをまとめた分厚いファイルを渡すと、大抵の秘書はそれを見て、ひいていたというのに。 薄いと言われた。 そんなはずはない。 しかも、目を輝かせていた。 なんなんだ?あいつは。 極めつけは宮ノ(みやのいり)グループの会長であるクソジシイ、祖父がきた時だ。 エレベーターからずっとにこやかにあのジジイと会話をしながら、社長室に入ってきた。 ジジイのあんな姿は一度たりとも見たことがない。 見合い写真を置いた時もお世辞じゃなく、心からすごいと誉め称えていた。 あの大量の見合い写真の何がすごいんだ? だいたいジジイは嫌がらせで見合い写真を持ってきているに決まっている。 弟が結婚した今、俺をイジるネタは『結婚』という二文字なわけだ。 それも上から目線で腹が立つ。 隠居したなら黙って近所の年寄り達とゲートボールでもしてろよ。 それにしてもだ。 「見るだけで、だいたいの人間は把握できるはずなのに」 木村有里がどんなタイプの人間なのか、正直わからない。 探るつもりで食事に誘ったら、あっさり断られた。 即答である。 生まれて初めて、食事に誘って断られた。 ジジイですら、驚いていたからな。 「あいつ、何者だ?」 その一言に尽きた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 日曜日の午後―――美桜さんがケーキを焼いたので、よかったら食べにいらしてくださいと招待してくれた。 弟夫婦とは同じマンションの隣に住んでいるので、気軽に招待されることが多々あった。 「木村さんはどうかしら?」 「はあ、まあ。優秀ですよ」 「なんだ、その煮え切らない返事は」 宮ノ入グループの社長である優秀な弟は結婚生活が楽しいのか、以前より表情は穏やかで精神的にも落ち着いた。 弟に素敵な女性が見つかり、本当によかった。 「いえ……。こう調子がでないというか」 「ああ。直真(なおさだ)が食事を誘ったら、断られたそうだな」 あんのクソジジイ。 「ペラペラと余計なことを!」 「嬉しそうに話していたぞ。こっちに寄る予定もなかったのにわざわざ寄って行ったからな」 「心配していらっしゃるのだと思いますよ」 「あのジジイに限って、それはないですね。美桜さんは有里さんを誘って、断られることってあります?」 「え?私ですか?木村さん……。私が誘った時は何日なら空いてますって返ってくるから、忙しかったんじゃないかしら?」 「そうかもな」 忙しい? 確かに昔の美桜さんのような家庭環境なら、それもわかる話だが……。 そのパターンもあるか。 なるほど。 「ケーキ、どうぞ」 美桜さんが目の前にチーズケーキとコーヒーを置いてくれた。 「ありがとうございます」 チーズケーキは底がタルトになっていて、タルト生地が香ばしく、フォークで刺すとホロホロと崩れた。 「チーズケーキ、おいしいですね」 「ありがとうございます」 にこりと美桜さんが微笑んだ。 「落ち込むなよ。食事を断られることもあると思うぞ」 「落ち込んでいません。ただどういった人間なのか、興味があっただけです」 「直真さん」 最近、美桜さんは八木沢(やぎさわ)さんでなく、名前で呼ぶようになった。 会社では八木沢さんと使い分けられ、公私をきちんとわける生真面目なところも弟の瑞生(たまき)が気に入ったところなのだろう。 浮ついたところのない、しっかりした女性で本当によかった。 「はい」 「木村さんは私の大切な友人です。絶対に傷つけるような真似はしないでくださいね」 「直真。美桜の友人にまで、手を出すなよ。人として」 ―――浮ついていると思われているのは俺の方か!? 「待って下さい。信用なさすぎですよ。二人とも。女に不自由はしていませんから」 「遊び相手には、だろ」 痛いところをつく。 「あんな普通を絵に描いたような人に夢中になりませんよ」 どうだかと弟はコーヒーを飲みながら、可愛くないことを言ったのだった。 まあ、とりあえず、木村有里の件は余計なことはせず、要観察といこう。 そう心に決めた。
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