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卒業式の、夜
大学の卒業式が終わり、アパートに帰ると、先生がケーキを用意して待っていた。袴姿のわたしを見て、何度も可愛いと褒める。袴を脱ぎ、狭いベッドの中、日の落ちぬうちから抱き合った。
今夜は季節外れの大雪が降るという。薄い壁の向こうには、狂ったような雪が降り続いている。
先生とはじめて関係を持ったあの日から、わたしは頭を空っぽにして日々を過ごしていた。先のないこの関係に、思い悩むなんて馬鹿げている。ただ毎日が楽しければいい。幸せな記憶だけが残ればいい。本当の愛情なんて抱かなければいい。
「雪歩って名前――雪の日に生まれたの?」
「そうですよ。大雪で車も出せなくて、大変だったって母から聞きました」
「じゃあ、どこで生まれたの?」
「深い、雪の中で」
先生は耳元で笑った。
どんどん雪は降り続く。すべての声と熱を呑み込みながら。
「雪歩、雪が溶けて――春になったら花見に行こう」
わたしは返事をしなかった。
「夏になったら海に。山でもいいけど」
返事をしないでいると、先生は身体を丸め、わたしの胸に顔を埋めた。
「雪歩、俺をひとりにしないで」
小さな子どもみたいに、わたしに縋りつく。先生の髪がわたしの鼻先をくすぐった。その柔らかい髪を撫で、両腕でぎゅっと抱きしめる。
泣いているような先生の声が、わたしの心臓に響く。
「愛してるよ」
いまさらそんなことを言う、先生はつくづく人でなしだ。
「先生、約束通り――休息は今日でおしまい」
はじめて先生に会った日のことを思い出す。わたしの顔を覗き込む、悪戯な目を。
「犀の角のように、って先生が教えてくれたんでしょう?」
先生を甘やかし、偽りの愛情を与え、再び放り出す。そうしてやろうと、あの夜に決めた。わたしだって十分、人でなしだ。
それなのに、全身が引き裂かれるように痛い。
これほど苦しいのは、この愛が本物だったからだろうか。
終
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