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卒業式、翌日
アパートを出ると、一面の銀世界だった。ひび割れたアスファルトの道路も、道沿いの灰色の塀も、すべてが白の光にかき消され、見上げれば突き抜けるような青。抱えていた水分をさっぱり振り落としてしまった空はただ明るく、強く目の奥を刺した。
先生はその雪の上を、ゆっくり味わうように歩いて行った。一歩を踏み出すたび、心地よい音とともに、先生の靴が雪の中に消える。
「見て、雪歩。すっぽり埋まっちゃう」
先生が子どものようにはしゃぐ。眩しい雪面に、てんてんとできあがっていく、わたしよりひと回り大きな先生の足跡。飛び石のようなその足跡に、自分の足を重ね合わせ、少し大股で歩く。慎重にひとつひとつ踏みしめながら、先生の背中を追いかける。
ときどき先生が振り返る。わたしが先生の足跡を辿っているのを見て、何やってるの、と笑う。
「もったいないから、雪が」
そう答えると、貧乏性、と先生は吹き出した。
大きな通りに出る直前、雪の上で立ち止まる。先生がこっちを振り返った。
「じゃあ、ここでお別れ。先生、バイバイ」
わたしは笑ったけど、先生は笑わなかった。先生が何を考えているのかを想像しようとして、すぐに考えるのを止めた。
「雪歩。春休みも、大学にいるから」
先生は笑わずにそう言って、わたしが返事をする前に背を向けた。
わたしもくるりと向きを変え、アパートの方を向く。
雪の上に残る、ひとりぶんの足跡。その足跡をもう一度逆方向から、辿りながら帰る。道の半分まで来たところで、バランスを崩した。
「あっ」
左足が雪に埋まった。それからはもう諦めて、先生の足跡の隣を歩いた。
アパートに着き、振り返る。その細い路地には、逆の方向を向く、ふたりぶんの足跡ができていた。
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