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9 ドル箱アニマルライオンのトリセツ
また1頭、新しいおさがりが来た。
まさかのライオンだ。
百獣王の称号を持つ、ドル箱アニマル。
どんな動物園であろうと、よほどのことがない限り、手放しはしない人気者。
なのになぜ、おさがりになったのか?
ここへ流れ着くことは、決してないはずなのに・・。
まさか、何か悪いことをしでかして、
「島流し・・?」
3代目トラ丸園長は、ライオン舎の前に立ち、
「んん~」
腕を組みながら、ひとしきりうなっていた。
「島流しだとすれば・・」
まるでここが、江戸時代でいうところの八丈島。
おさがりの理由は、NO情報。
もしや、暴れてライオン舎を破壊したのではなかろうか。
いや、ほかの動物を煽動して、動物園を乗っ取ったとか。あるいは、飼育員を襲って骨になるまでしゃぶったあと、豚骨ならぬ人骨で、スープをとったとか・・。
何にせよ、裏があるのはまちがいない。
聞くも恐ろしい秘密があるとみた。
たとえば、結婚相手の預金が1000万円だと思っていたら、実は借金が1000万円だったとか。母だと思っていたのに、実はお父さんだったとか。
そんな、顔面蒼白レベルの秘密があるのだ、きっと・・。
アパートを借りるときだって、あまりにも安い家賃なら、それは事故物件。
それと同じで、事故動物だからこそ、あえて何も教えてくれなかった。
トラ丸は、目の前で寝そべる、同じ肉食系ライバルを眺めた。
たてがみはボサボサ。肌にハリもツヤもない。
あくびをしながら、突き出た腹をかく。まるでおやじのビール腹。
試しに、目の前で大きめの猫じゃらしを振ってみたが、上体を起こして前足を振り上げるどころか、瞳すら動かない。
日だまりでうだうだしている姿は、定年退職をした趣味のないおっさんと同じ。
「目が死んでるな。魚の腐った目」
「それを言うなら、腐った魚の目」
隣にいたうさ子が訂正する。
「園長とそっくり。鏡を見てるみたいでしょ?」
「そこまで枯れてない! 旬を過ぎただけ」
「百獣王キャラに、疲れ果てたんじゃない?」
うさ子は指摘するが、重すぎるプレッシャーに負けたのだろうか。
わかる気がする。
同じスター動物。
トラ丸は、3代目園長としての重圧もある。
残念ながら、目の前のくたびれたライオンは、百獣王としての威厳も、スターとしての輝きも失っている。
「賞味期限が過ぎた、アイドルみたいなもんよ」
人気が急落し、芸能事務所から、いや、動物園から契約解除となったのだろうか?
「そんな奴を、どうプロデュースすべきか」
なんせよぼよぼでも、1日に5キロも肉を食う。
食いっぷりは、運動部で汗を流す男子高校生と互角。
コストコの肉売り場で、財布を見ながらため息をつく、母親の気持ちがよくわかる。
とにかく、このまま展示をしても、札幌の時計台を見た観光客と同じように、お客さんはがっかりするだけ。
何とかしなければ・・。
猛獣はやはり、迫力を伝えるのが一番。
「そうかっ!」
トラ丸園長はひらめいた。
動物園は、エンターテイメント。
サファリパークのように、放し飼いにするのはどうだろうか。
お客さんは、車から見学するのではなく、そのまま歩いてもらう。
これぞ『東京ふれあい動物園』。その名の通り、ふれあってもらおうではないか。
あえてエサを与えず、常に空腹状態での放し飼い。
食われる危機感で、ゾクゾクするはずだ。
バイトが幽霊を演じる、お化け屋敷の比ではない。
先生がお化けとして待ち伏せをする、合宿の肝試しの比ではない。
リアルな猛獣がどこに潜み、どこから襲ってくるかわからない恐怖。足がすくんで、前にも後ろにも、右にも左にも・・、
「ふっふっふっ、進めないだろう」
この体験は、まともなZOOならマネをしない。
安全は保証できないが、刺激を求める若者が、心霊スポットや廃墟と同じ感覚で来る。バンジージャンプを平気で飛ぶような、怖いもの知らずの輩が来る。
もしかしたら、借金地獄で苦しむ奴が、取り立て屋を連れてくるかもしれない。
上司のパワハラで苦しむ部下が、部長や課長を連れてくるかもしれない。
夫に裏切られた妻が、不倫相手を連れてくるかもしれない。
そうなると、連れてきた奴と、ライオンからのダブル攻撃だ。
トラ丸は急いで事務所へ戻ると、得意になってきたパソコンを立ち上げる。
早速、ホームページで告知しよう。
素手でライオンを倒した者に、賞金を出すというエサをぶら下げる。
人間は欲深い生き物だから、必ず食いつくはず。
武井壮もびっくりのチャレンジだ。
漫画『ドラゴン桜』の名セリフ“バカとブスこそ東大に行け!”を参考にして、企画のキャッチコピーをこうしよう。
「賞金はいくらにするの?」
事務所のコーヒーを、うさ子が勝手に飲んでいた。
「ど、ど~んと100万ドル」
「用意する気もないけどな」
できないと言ったほうがいい。
「人間を甘くみてはいけない。1人では太刀打ちできなくても、束でかかれば可能性はある」
うさ子は即座に計算する。
10人でねじ伏せれば、1人当たり1000万円。
100人でも、1人当たり100万円。
「カネに目がくらむのが、人間と園長」
「一緒にするな」
確かに、1人でチャレンジするとは限らない。賞金が高額なら、グループで山分けという、画期的かつ斬新な方式を取ることもありうるか。
「賞金を出さなくても、注目を浴びるいい方法があるわよ」
うさ子が、片一方の口角を引き上げた。
「ほぉ、それは・・」
「同じ捕まえるなら、動物園の外へ出す。逃げたことにすればいい」
猛獣が逃げれば、警察、消防だけではなく、自衛隊まで出動する。
即座に厳戒態勢。
上空にヘリコプターが飛び、マスコミ報道が過熱する。ワイドショーも、『今日のおさがりライオン』というコーナーで、連日動きを伝えるだろう。
「絶大なる宣伝効果」
「その手もありか・・」
報道陣だけではなく、必ず野次馬も来る。
逃走中ライオンのクッキーにTシャツ、団扇なんかを、お土産として売ろうか。
「ふふふっ・・」
トラ丸はほくそ笑んだ。
スター動物を泳がせれば、芸能人やトップアスリート並みに人が群がる。
捕り物劇が長期化すると、さらに知名度がアップ。日本だけではなく、海外のメディアも取材に来るだろう。
「海外戦略か・・」
全世界に放映されれば、その影響力は、アメリカの大統領にも匹敵する。
今こそ、上野動物園と肩を並べる施設となるのだ。
トラ丸がライオン舎に再び戻ると、
「おい」
おさがりライオンが手招きする。
「そろそろ腹が減ってきたから、A5ランクの牛肉をくれ」
「は・・?」
「もっと広くて、日当たりのいい場所がいいなぁ。ここは狭いから替えてくれ」
「はぁ・・?」
「早くしろ。遅いぞ、公務員みたいな仕事をすんな」
百獣の王として、チヤホヤされてきたと見える。
「それから、週に2日しか、出勤しないからな。天下りなんで・・」
島流しでもなく、姥捨てでもなく、天下り・・?
上野動物園みたいな、トップZOOから天下ったわけじゃない。日本一人口の少ない、鳥取県の動物園から来たくせに・・。
「役職は、最高顧問でいいぞ」
チッ、今日から、肉の量を減らしてやれ。
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