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10 カンガルーの醜態展示に共感と失笑
おかげさまで1周年。
居候トリオが何と言おうが、3代目トラ丸園長は気にしない。
いちいち気をもんでいると、心穏やかに生きてはいけない。
今の世の中は、SNSでもあれこれ言われる時代なのだ。
過剰な反応は、己の神経をすり減らす。気ままに放った相手の言葉は、スルーが鉄則。
振り回されるのはゴメンだ。
今こそ、右から左へ受け流すスキルが問われる。
と、言いつつ・・
見切り発車で看板だけを作ったから、何が1周年なのか、すっぽりと抜け落ちてしまった。
トラ丸にはわかっていても、お客さんには伝わらない。
しかも1周年なら、何かイベントぐらいはするべきなのだが、看板を手づくりすることに満足して、その先まで頭が回らなかった。
これじゃあまるで、夏休みの工作は作ったが、読書感想文を忘れた小学生と同じようなももの。
バーベキューの材料はそろえたが、友人を呼ぶのを忘れていたお父さんと同じ。
詰めが甘かった。
脳みそに、ぶどう糖が必要だ。
カンガルー夫婦に子でもいれば、1周年に合わせて、すくすく育った赤ちゃんを公開することもできただろうが、残念ながら、そうそううまく、ことは運ばない。
ただ、子供がいたらいたで、その分、飼育費が重くのしかかるという現実的な問題もある。
できれば、食い扶持は減らしたい。
口減らしをしたいのだ。
それに、赤ちゃんといえども、集客につながるとは限らない。
なんせ、カンガルー。
飼育費を上回るほど、わんさわんさと、お客さんが来るとは思えない。
パンダかホワイトタイガーの赤ちゃんでもない限り、インパクトに欠ける。
それとも、禁断の手を使うか・・。
かつて、ヒョウの父親と、ライオンの母親から生まれた、レオポンという種の子供がいたように・・。
そうでもしないと、この夫婦はいつまでたっても子ができない。
なんせ、仲が悪いのだ。
韓国と北朝鮮のような緊張感。
「・・ったく、どうにかしてくんない?」
カンガルーのメスが寄ってきた。
「ケンカか? 今は休戦中だろ?」
トラ丸が聞き返す。
まさに、韓国と北朝鮮のような関係だ。
「存在が鬱陶しいのよ。存在が・・。血圧が上がって、心拍数も増えるってもんよ」
「アドレナリン全開だな」
別名、ストレスホルモンだ。
トラ丸も、毎日がストレスとの戦い。
カンガルーがはぁ~と、地面に向かってため息を吐く。
「そんなにストレスがたまっているのか?」
「おかげさまで、ストレスがたまって1周年」
トラ丸園長は、ぶら下げたサンドバッグに、パンチをぶつけているオスのカンガルーを見た。
「勇ましいじゃないか」
とてもおさがりとは思えない。
ここに来る奴らはみなそろって、卑屈だったり、死んでいるのかと、呼吸を確認するほど、存在感を失っている。
それなのに奴は、ここに来た1年前と変わらず、パワーだけがみなぎっている。
まるで、オロナミンCを飲んだかのような、元気ハツラツ!
いまだかつて、こんな雄々しいおさがりはいなかった。
カンガルーのオスは、やたらと筋肉を見せたがるらしい。
となれば、マッチョが大好きな女性客を、取り込むチャンス。スマホで撮影して、拡散してくれるかもしれない。
神戸の動物園には、1日中ゴロゴロして、腹をポリポリとかくおっさんのようなカンガルーがいると聞いた。
それに比べれば、どれだけましか。
「おっさんが筋肉自慢して、どうすんのって話よ」
メスのカンガルーのグチが止まらない。
「んん・・」
確かに、おさがりカンガルーは、年齢的にはおっさんだった。
人間でも、おっさんの筋肉自慢ほど、イタいものはない。年齢を重ねて、筋肉しか自慢できるものがなかったのか、と言いたいくらいだ。
「妻のストレスの9割は、夫だから・・」
「・・」
「しかも、おさがり」
何とかして、ストレスを発散しなければ、病気になってしまう。そうなると、医療費という痛い出費が待っている。
「仮面夫婦でいいから・・、なっ」
世間的には、仲がいい夫婦にしておきたい。
久しぶりに、お客さまがやって来た。
小さい女の子を連れたお母さんが、カンガルー舎の前を通る。
トラ丸は隅で、客の反応を観察した。
「うちと一緒だね」
女の子が、お母さんを見上げた。
「どうして・・?」
「だって、パパと目を合わせない」
オスがチラチラと視線を動かし、様子をうかがうも、メスは無視。
距離を徐々に詰めてくると、
「ほら、にらんだ。ママと一緒。そのうち、クッション投げたりして・・」
子供は、親をよく観察しているものだ。それを理解していないのが、親だったりする。
「クッションなんて、ここにそんなものはないでしょ?」
「あっ、投げた」「野球のボール? ポケットに、あんなものが入っているとは・・・」
母親がクッと鼻で笑い、
「カーブしたね?」
わが子を見る。
「しっかり避けた。パパと同じ」
「あ、今度は入れ歯」
「何で・・?」
「きっとお年寄りが、落としていったのよ。ボールだって、子供が落としたに違いない」
「ねぇ、このぬいぐるみ、落としてみようか?」
女の子が、脇に抱えていたイルカを手に持つ。
「この間、パパに当たったよね?」
「・・」
「ちゃんと、スマホで撮ってね」
親子の楽しそうな表情に、
「これだっ・・!」
トラ丸園長が、ポンと肉球を叩いた。
もともと仲が悪いのだから、いっそ、
「夫婦の醜態を、売りにするか・・」
メスのストレス発散にもなる。
カンガルーの育児嚢に、売店のグッズを入れておけば、宣伝を兼ねた一石二鳥の記念イベントになる。
早速、ホコリをかぶった商品をかき集める。
バックヤードへ持って行くと、
「いいか、客のいるときだけ、投げるんだぞ。よく商品を見せろ」
トラ丸は、各動物のぬいぐるみだけではなく、キーホルダーに卓上カレンダー、勢いで作ってしまったおさがり写真集をメスに渡す。
「派手にやるんだぞ」
投げたものがぶつかっても、ぶつからなくても、客は大喜びする。
トラ丸は、空を仰いで目を閉じた。
見える。
押すな押すなの大盛況。
キー局のテレビ取材に、新聞や雑誌の記者。
記事の見出しは、
『カンガルー夫婦の修羅場』
動物だって、人間と同じ。
NHKの朝ドラみたいな、和気あいあいの、円満家族ばかりではない。
いやむしろ、毎日が我慢と妥協の日々。
たとえ失笑を買ったとしても、話題になりさえすれば、結果オーライ。
やれることは、何でもやる。
これこそ、おさがり動物園の生き残る道。
「園長・・」
メスのカンガルーが呼ぶ。
「ん・・?」
「仮面夫婦って言われてもねぇ」
「いや、忘れてくれ。仲の悪さを強調しよう。イルカを投げたみたいに・・」
「イルカ・・?」
「あれっ、イルカのぬいぐるみはどこへいった?」
トラ丸が、キョロキョロとカンガルー舎を見回す。
「そんなもの、もとからないけど・・」
「はぁ・・? ついさっき、女の子が落としていったろ?」
「何のこと・・? お客さんなんて、1人も来てないわよ」
「・・」
ということは、あの親子を見たのは幻覚だったのか?
寝不足で、疲れているのだろうか?
やっぱり、脳みそにぶどう糖が必要だ。それとも、チオビタでも飲もうか・・。
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