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2 ネズミ共演で、起死回生の一打
「んん~」
『東京ふれあい動物園』、通称・おさがり動物園の園長トラ丸は、小節をきかせてうなるばかり。
マイクを前に、演歌を歌っているのではない。
事務所の壁に貼ってある棒グラフの前に立ち、
うらみ節が止まらない。
見事な右肩下がりがエンドレス。
経営のテキストに載せたいくらいの、ダメなケーススタディ。
きびしい現実を前にして、ピーマンのように中身がスカスカの頭を抱えた。
「なぜ客が来ない?」
どうしたら、ディズニーランドとUSJの関係者が、こぞって偵察にやって来るほどの人出を作り出すことができるのか。
トラ丸は腕を組み、容積の少ない脳みそをフルパワー回転。
「動物のラインナップは悪くない」
パンダこそいないものの、ライオンやゾウ、キリンにカバなど、一通りのおさがりはそろっている。
おさがりだからこそ、激安のスーパーみたいに、品ぞろえだけはいい。
質はいまいちだけれど・・。
だからといって、おさがりだらけの現実は変えられない。
「活かすも殺すも、すべて自分次第だな」
「じゃあ、どうするか? どうすればいいのか?」
トラ丸園長は、事務所の窓から空を見上げた。
見事な動物園日和。ヒツジのようなもふもふの雲が、ゆっくりと形を保ったまま動いている。
「全集中、トラの呼吸、壱ノ型」
そんな流行の言葉を唱えてみるも、売り上げアップにつながるようなアイデアは、都合よくひらめいてはこない。
全集中全集中と、しばし念じるも、
「リーマンだな。リーマンが悪い」
活かすも殺すも、すべて自分次第と言いつつ、責任をほかに転嫁する。
「リーマンショックのせいだ!」
トラ丸は園長の椅子に座ると、口惜しそうにバンバンと机を叩く。
「やられたなリーマンに・・。手強いなリーマンは・・」
やたら、リーマンリーマンと連呼する。
説明しよう。
リーマンショックとは、
①サラリーマンがショックを受けること。
②2008年に、リーマンブラザーズというアメリカの大きな証券会社・投資銀行がつぶれ、世界的な金融危機が起こったこと。
トラ丸の場合、②を指す。
「ああ~」
たいへんな時期に、園長となった己の不運をなげく。
これじゃあまるで、菅総理と同じじゃないか。
椅子の背もたれに寄りかかり、ゆっくりと目を閉じた。
トラ丸は、“棚からぼた餅”で園長になったのである。
売り上げに貢献し、実力で上りつめたやり手ではない。手腕を買われて、よそから引き抜かれた経営のプロでもない。
ラッキーと言っていいのか、思いもかけず、トップの座についたのである。
本人にすれば、客足が底も底、超低空飛行をしている時期だから、アンラッキーだったかもしれない。
もともと、トラ丸の兄が園長だった。先代から跡を引き継ぎ、2代目になっていた。
ところが、たった就任3日目にして、骨付き肉が喉に詰まり、窒息死。食い意地が張っていたうえに、あわて者だったのである。
もう1人兄がいるものの、よその動物園で契約社員として働いているため、契約期間の3年が終わるまでは、戻ってくることができない。
いや、恐らくもう戻ってはこないだろう。正社員として採用されるかもしれない。なんせ、上司に取り入るのがうまい。
まるでイエスマン、いや、イエスタイガー。
キツネのやりそうなことを、トラが平気でやっている。
プライドなんて、あったもんじゃない。
肉食王者としての自覚がないのだ。
かくして、後継者になるという考えは、耳の垢ほども頭になかった三男のトラ丸に、おはちが回ってきた。
人生の運を、ここで使い果たしたようなものだ。
みんなから密かに、“棚ぼた園長”と呼ばれていた。
「頻尿の悩みですか?」
ハツカネズミのチュー太がやって来る。
「それとも尿もれ? 夜間尿?」
「違うわ!」
トラ丸のツバが飛ぶ。
そこまで年寄りじゃねぇと、口から出かかった言葉を呑み込んだ。
「お前も少しは、動物園に貢献しろ。居候のくせに、バクバクとほかの動物のエサを食いやがって・・」
「パワハラですか?」
「うるさい、エサ泥棒!」
「ボ、ボクは、みんなが食べ残したものを、せっせと平らげているだけ。残飯整理は、立派な仕事ですよ」
「食品ロスという、社会問題を解決してやってるのに・・」
「・・してやってる?」
なぜ上から目線なんだ。横取りしているくせに・・。
トラ丸園長は、自分よりはるかに小さいチュー太を見下ろす。いっそ足で踏みつぶし、ネズミせんべいにしてやろうか。
「それに、ボクは太る覚悟で食べてます」
「それじゃあ、丸々と太れ。そのあとオレが、食いちぎってやる。骨まで粉々に砕いてやろうじゃないか」
「あ、そうだ、コーヒーどうぞ。今日もいい動物園日和ですね」
イエスネズミは話を変え、機嫌を取り出す。
「利尿作用がありますから、尿もれに注意してください」
「とにかく、エサを食うなら、それに見合ったアイデアを出すんだ。売り上げに貢献しろ。まっ、お前の脳みそだと、思いつかないだろうがな」
不敵な笑みを浮かべる。
自分のような天から選ばれし後継者でも、都合よく、アイデアは降ってこない。まして、脳みその容積が米粒と大差ないネズミごときに、起死回生の妙案が出てくるとは思えない。
「アイデアならありますよ」
「・・」
「京都の動物園で、イノシシの背にしがみつく子ザルがかわいいと、評判になったことを覚えていますか?」
「当然だろう」
まったく知らないことを、さも知っているかのように言えるのが、トラ丸の長所である。
「うちは、別のパターンでやりましょう」
「じゃあ、イノシシの上にゾウでいくか」
「つぶすだけです」
「それなら、イノシシの上にライオンはどうだ?」
「食われるだけです」
「なら、どのパターンでいく?」
「カピバラの背に、ボクが乗りましょう。エサの分は働きますよ」
カピバラは、世界最大のげっ歯類。ネズミといってもいい。
「大小ネズミ共演か・・」
トラ丸はつぶやいた。
どうせ見せるなら、エサをもぐもぐしている絵面より、芸ができるところを見せたほうがいい。
「カピバラは上手に泳ぐんで、ミズブタとも言われています。だから、ブタでもいいんですけど、うちにブタのおさがりはいませんから・・」
「展示するより、内臓もろとも食ってやる」
「異種動物の共演ネタとなれば、マスコミが黙っちゃいませんよ。すぐに地元のテレビ局、いや、NHKが取材に来るかもしれません」
そうすれば、客はわんさか来る。
なんせ天下のNHK。日本放送協会なのだ。影響力は計り知れない。
「それに、写真に撮ったお客さんが、SNSにアップして拡散してくれれば・・」
チュー太が持ち上げる。
「よし、すぐにやろう」
トラ丸園長の決断は早かった。なんせ、一切お金がかからない。
ところが後日・・、
「なんで開園前、閉園後にやるんだよっ!」
それじゃあ意味がないと、トラ丸は吠えまくる。
「だってカピバラは、朝と夕方に活動する動物ですから・・」
チュー太の言葉に、トラ丸園長の血圧は、右肩上がりに急上昇していった。
売り上げと逆で・・。
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