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3 この際、パンダの人気に寄りかかる
「集合!」
おさがり動物園の園長トラ丸が、園内放送で所属動物を中央広場に招集する。
すでに集まっていた動物を前に、朝礼を始めた。
「入園者数を増やし、売り上げをV字回復させるために、今こそ、みんなで力を合わせていこう」
こぶしを強く握りしめる。
「おさがりの、おさがりによる、おさがりのための動物園」
今度はこぶしを振り上げた。
3代目園長となったトラ丸の目指す、民主的な理想のズートピア。
そして、ついには、
「この動物園を町内一、いや世界一にまで盛り上げていこうではないかっ」
振れ幅が大きすぎる目標をかかげた。
それはまるで町内の運動会で、みんなの背中を必死に追いかけるのろまな奴が、いきなりオリンピックの100m走で、金メダルを取ると大口を叩くようなもの。
「もう、おさがりとは言わせない。言わせたくない。言いたくもない」
ツバを飛ばして熱弁するものの、反応が氷水のよう。スベった芸人の気持ちがわかる。
「聞いてんのかっ、おさがりども!」
言いたくもないと言ったばかりなのに、ついポロリと心の声が出る。
トラ丸園長と動物たちの温度差は、熱帯雨林のジャングルとエベレストの山頂。ついでに言うなら、熱量は原子力発電所と薪ストーブほどの違い。
1人だけ、熱く空回りしていた。
「危機感を持て、危機感を・・。おまんまの食い上げになるぞ。明日にはもう、エサが底をつく」
軽く脅してみる。
理想はあくまでも、おさがりのズートピア。
しかし、現実は独裁感が漂う。
しょせん、世襲制の棚ぼた就任で、苦労知らずのお坊ちゃん。
まるで、北朝鮮のあの人のよう。
「こうなったら、パンダを目玉にするしかない」
スターアニマルの起用でザワつくかと思いきや、カラスがカーと鳴いただけ。
本来、パンダにおさがりはありえない。
中国から借りている動物で、所有権は中国にある。期限が来ると、返さなくてはならない。パンダは珍しいうえに、外交にも利用される。
普通の動物が、どうあがいてもたどり着けない盤石の地位を得ている。
キング オブ アニマルなのだ。
たとえ入手困難でも、
「パンダを目玉商品にするんだ!」
一段と声に力が入る。
すると突然、バンと音がして、薄い板が手前に倒れてくる。
驚いたトラ丸は、飛び上がった。
何が起きたのか目をこらして見ると、
「え、パネル?」
砂ぼこりの中から現れたのは、広場に設置してある顔はめパネル。
このときようやく、パネルに向かって朝礼をしていたことに気がついた。
そりゃあ、反応がないはずだ。
本物がいたのは1頭だけ。
「呼んだ?」
レッサーパンダがいた。
「お前じゃない。パンダはパンダでも、レッサーだろ。レッサー」
トラ丸園長が、レッサーを強調する。
説明しよう。
レッサーとは、英語のlesser。“より小さい、より劣った”という意味がある。
パンダといえば、もともとはレッサーパンダのことを指していた。ところが、ジャイアントパンダが発見されると、同じ名前ではまずいから、区別をするためにレッサーと付けられてしまったのだ。
気の毒な動物である。
「でも、うちにパンダはいませんから、目玉にするということは、ボクが代理をつとめるということですよね?」
「レッサーのくせに、大きくでたな」
「後ろ足だけで、立ちましょうか?」
千葉の動物園にいるレッサーパンダの風太は、後ろ足で立つ姿がかわいいと、一時期、評判になった。
「同じことをしても意味がないんだよ。今までに誰もやらなかったことで、客をアッと言わせないと・・。インパクトだよ。インパクト」
「じゃあ、シッポで立ちましょうか?」
「できるのか?」
「あさってから、練習してみます」
「なぜ今からやらない?」
「一旦持ち帰って、母と相談します」
「だったら言うな。・・ったく、芸がないから、おさがりレッサーになるんだよ」
「とにかく、花形珍獣の人気に寄りかかるしかない。名付けて、人寄せパンダ作戦」
「ほかから借りるんですか? スター動物はお金がかかりますよね? 事務所に、スローガンが貼ってあるのを見ましたよ」
「だから、おさがりどもの意見を聞こうと思ったのに・・」
中央広場は、相変わらず倒れた顔はめパネルだけ。あとは、カラスしかいない。
「いい考えがあります」
レッサーパンダが、トラ丸園長に耳打ちする。
そして、その翌日、すぐに『人寄せパンダ作戦』を実行した。アイデアはまったく思いつかないトラ丸だが、行動だけは素早い。
「攻めすぎたのか?」
久々にやって来た客の反応をうかがいつつ、トラ丸がつぶやく。
「園長」
白クマが、柵の際まで寄ってくる。
「何だ?」
「パンダっていいっすね」
「そうか?」
「一度やったら、やめられないっす。キャーって言われるの、自分、初めてなんで・・」
興奮した鼻息が荒かった。
「スター扱いはいいっすねぇ、チヤホヤされて・・」
思いがけずスポットライトを浴びた白クマは、上機嫌だった。代打で登場し、満塁ホームランを打ったかのような浮かれ感。
しかし、アイドル気取りの本人とは裏腹に、客の顔がみな、凍りついているのはどうしたことだろう?
ガキんちょは、算数と漢字のテストが、ともに0点で返ってきたときのような涙目。
おっさんは、通帳の残高を、思わず二度見したときのような眼。
女性客はみな、唇が震え、眉根が寄っていた。裸芸で笑いを取ろうとする芸人を見たときと同じだ。
そしてことごとく、1分以内に去って行く。
やはり、リアルパンダを所有する上野動物園のようにはいかない。
数日で、客足は消えた。
「失敗か・・」
トラ丸は園内を歩きながら、ほかに方法がないものか、少ない脳みそをフル回転。
2周目の途中で、脱皮したヘビの皮を踏んづけ、
「そうだ!」
奇跡的にひらめいた。
事務所に戻って、パソコンを立ち上げる。
1ヶ月かかって、ようやくマスターしたダブルクリックで、マウスを操作する。
指1本だけで、キーボードを押す。数分でできそうな作業が徹夜となり、血走った赤い目で画面を食い入るように眺める。
最後に、Enterキーをパチンと叩いた。
「ふぅ~」
椅子の背もたれに寄りかかり、ぼんやりと天井を眺める。
中身の薄い作業も、徹夜をすれば、いっぱしの仕事をしたような気になるから不思議だ。
そして数日後、パンダの前にはお財布、いや、お客さんが来るようになった。
「もう、棚ぼた園長とは言わせない」
トラ丸はほくそ笑む。
これなら週末は人だかり。押すな押すなの大盛況が目に浮かぶ。
ニンマリしてバックヤードに入り、
「その調子でがんばれよ」
白クマを激励する。
『カネを使わず、頭を使え』というスローガンをかかげておきながら、パンダの着ぐるみを、割引価格の10万円で発注したトラ丸園長であった。
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