4 ゾウでもできる、働き方改革

1/1
前へ
/11ページ
次へ

4 ゾウでもできる、働き方改革

 いろいろと、面倒な世の中になったもんだ。  毎朝毎朝・・、 3d6433e9-51f0-4c6a-a65e-f3d66e182691 しかし、やらねばならない。  トラ丸は検温器を握りしめ、おさがり動物の体温を計っていく。  この動物園で、新型コロナウイルスの陽性者を出すわけにはいかない。クラスターが発生してはいけないのだ。  万が一、感染動物を出してしまえば、 「やっぱりね」  そんな世間の声が聞こえてきそうだ。  3密を守らず、手すりやベンチも消毒せず、入り口にAI温度検知センサーもおかず、換気もしない。 “やってるポーズ”だけの、いい加減な動物園と思われる。  ほぼ、その通りだけれど・・。  陽性反応が出てしまうと、一定期間閉園し、園内をくまなく消毒。そして、すべての動物に対して、PCR検査が必要になってくる。 「そのほうが面倒だ」  収入がなくなる上に、 「痛い出費」  ため息しか出ない。  すでに、検温器や消毒液以外にも、仕切りのアクリル板、売店のレジにぶら下げるビニールシートも買った。当然、マスクの常備も必要になる。  おまけに、予防対策をしてますよ、とアピールするポスターをパソコンで制作。 「余計な作業が増えるじゃないかっ!」  ようやく、キーボードの“E”の配列を覚えたばかりなのに・・。  誰か気前よく、ポンと札束をくれないだろうか。  Go ToトラベルやGo Toイートがあるなら、Go To動物園もキャンペーンに加えてほしい。  世界を一変する、悪魔のような新型コロナウイルスを恨みつつ、 「はい、次」  所属アニマルの検温をしていく。 4dc38a56-7478-4f46-9afe-e89aa2aef2c4「ケンカ売ってんのか!」  トラ丸園長の血圧が急上昇。顔が真っ赤になる。  このとき、タヌキがトラ丸の額に検温器を当てると、 「あ、37.5℃もある。さてはコロナか?」 「やかましい。そのマスクのせいだろ!」 「これはアベノマスクですよ。全世帯に、2枚ずつ配ったにも関わらず、している人を見たことがない幻のマスク。260億円もかけたマスクなんです」 「・・ったく、そのカネで、ここを救ってくれっ!」 「あ、密です。密です」  タヌキがササッと後退し、ソーシャルディスタンスをとる。 「客の前で、そのマスクをするなよ。ブラック動物園だと思われる」  タヌキをひとにらみすると、 「はい、次」  やって来たゾウの検温を始める。 「ん・・?」  38℃だった。これは幻覚に違いない。  そう思って、もう一度計ってみると、やっぱり38℃もある。 「んん~」  低くうなったあと、 「見なかったことにしよう」  リセットボタンを押す。 6b79c0f3-ea24-4888-8966-42432b3cfd34「消毒液をいっぱい噴きかけておこう」  ゾウの全身に、鬼のように噴射。鼻の中も念入りに消毒する。 「あのぉ~、4日以上息苦しくて、だるいんですけど・・。味覚もおかしいんですけど・・。PCR検査を受けに行ったほうが・・」  遠慮がちにゾウが言うと、 「いや・・」  万が一、陽性だったとしたら、当然、世間に公表しなければならない。ヘタをすると、同じバックヤードの濃厚接触者も感染。 「となると・・」  園内消毒、悪いイメージ、客が来ない、収入減、エサ不足、リストラ、暴動、死人が出る、園長の解任、動物園の売却、売り手見つからず、永遠に閉園、廃墟まっしぐら、心霊スポット化。  芋づる式に悪い言葉が出てくる。 「それはまずい」 a1e1310c-ed33-4e17-97d2-b89fd7ca622d ゾウは、人気が中途半端な動物。  それでもいないと寂しいものだ。客はがっかりするだろう。ただでさえ、園内のさびれた雰囲気に、客の9割は、肩を膝まで落とすというのに・・。 「もって1年」 「いや半年」  エントランスから続く歩道を歩きながら、互いに余命の予想を始めるほどだ。  しかも、動物たちのおさがり感が否めない。島流しに遭ったかのような、いじけた雰囲気をかもし出している。  顧客第一主義の園長にとって、客のがっかりは、1つあってもいけないのだ。  いくらここが“おさがりの殿堂”であっても、表面上は動物たちのパラダイスにしておきたい。  お客さまにも夢の空間。  なんせ・・、 046b541d-3e02-46ca-9cc1-a3673bb10923  カネを落としてくれる弁財天のような神様。  38℃の熱があろうと、休ませるわけにはいかない。  パンダは白クマでカムフラージュできても、ゾウは大きすぎて代わりがいない。 「あのぉ~、人前がちょっと苦手なんですけど・・」  言いにくそうに、ゾウが口を動かした。 「は・・?」 「接客しなきゃいけないかと思うと、緊張して何もできないというか・・」  モジモジと、長い鼻の先で地面をなでる。  そういえば、愛想をふりまけと言っているのに、いつも頬がけいれんしている。大きな耳が、ロボットみたいにぎこちなく動いている。 「だから、おさがりになるんだ。人前に出てナンボの世界だろ? ここは・・。東京ふれあい動物園だぞ。アイドルみたいに、目は笑っていなくても、顔さえ笑っていればいいんだ」 「頭では理解してますけど、体が言うことを利かないというか・・」 「人を背中に乗せる。寝転んだ人間の間を、上手によけて歩く。鼻で筆を持って、シュールな絵を描く。ゾウの基本芸3点セットじゃないか!」  トラ丸園長のツバが飛ぶ。 「そのハードルが、高すぎるんですけど・・」 「まさか、プレッシャーのかかりすぎで、熱が出るとか?」 「はい」 d6b8e7ce-fba0-4348-82d2-b63885914177 「リモワはどうです?」  ゾウが提案する。 「リモワ? テレワじゃなくて・・?」 「いえ、リモワです。リモートワーク。人と接しなくてもいい」  バックヤードにパソコンを置き、表の展示スペースにモニターを置く。 「それをテレワークと言うんじゃないのか?」  トラ丸園長が聞き返すと、 「いえ、リモートワークです」 「いや、テレワークだろ」 「じゃあ、テレワークのテレって、何ですか?」 「照れくさいのテレだ」 「ああ~」  ゾウが大きく口を開ける。 36e0fbd8-78d8-45f2-abb0-fed8537096a9 「しかしなぁ・・」  トラ丸は、腕を組んで考え込む。  故郷であるアフリカ、おさがり前の石川からのテレワークならともかく、わずか数メートル先のバックヤードで、パソコンと向き合っていることになるのだ。  そんなことが、客にバレてはまずい。  生身の姿を見せてこその動物園。  画面越しなら、客はわざわざここまで来る必要がない。自宅で、スマホやパソコンを見ればいいのだから・・。 「んん~」  トラ丸が渋る。  とりあえず、ゾウのバックヤードに入ってみたものの、コンクリートむき出しの壁は、客に監獄を連想させるのではなかろうか。  劣悪な環境にいると思われる。  しかも、背後の壁とゾウが同化している。客にすれば、モニターから“ゾウを探せ”みたいなことになってしまうではないか。 dbaf1846-34d1-4673-a224-5e7be077b276「これは・・?」  トラ丸が、壁に貼ってあった写真をのぞき込む。 「兼六園(けんろくえん)です」  ことじ灯籠(とうろう)から写した、紅葉シーズンの1枚だった。 「金沢の動物園にいたもんで・・。できれば写真を引き伸ばして、壁全体に貼りたいんですよねぇ」  このひと言で、容積の少ない脳みそがひらめいた。 「よし、それでいこう!」 「は・・?」 「金沢もいいが、ここは思い切って、ワールドワイドにシフトしよう」 「・・?」 「ニューヨークのマンハッタン。いや、ハワイの海がいいか。ドイツの古城もいいな」  背景を定期的に変えれば、さも、世界各地からのテレワークに見えるではないか。 「ふふふっ・・」  天才かもしれない。 「よしっ、今週は万里の長城にしよう」  熱っぽいゾウのことより、モニターからの見栄えと、来客数のアップしか頭にないトラ丸であった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加